「地域における知的・発達障害のある人々の医療」論文(2014)

以下のエントリーなど、



前のブログでは「知的障害者への医療差別」として、
このブログでは途中から「迷惑な患者」問題として追いかけてきた、
重心児者を含む知的障害児者が適切な医療を十分に受けられていない問題をめぐって、

米国を中心に、この問題の世界の状況を概観し分析した昨年7月の論文を見つけたので、
読んでみました。

著者は米国、カナダ、イスラエルの学者4人。

Healthcare for Persons with Intellectual and Developmental Disability in the Community
David A. Ervin, et al.
Frontiers in Public Health, published online July 15, 2014

(以下、ゴチックはすべてspitzibaraによるものです。
また、ボックス内とハイライト箇所は原文からの引用)


論文は最初に
米国における知的・発達障害(IDD)者へのアプローチの歴史を振り返る。

知的障害児の施設は19世紀の終わり頃から教育を目的として作られ、
the American Association on Intellectual and Developmental Disabilities(AAIDD)の前身である
the American Association on Mental Deficiencyの会長であったArthur Hopwood医師が1954年に
「教育ではなく医療こそが(ケアと治療への)解を見出すだろう」と述べたのを機に、
医学モデルによる収容型の施設へと変貌していった。

その後、妹のRosemaryにIDDがあったことからJohn F. Kennedy大統領が1962年に
NIH内にThe National Institute for Child Health and Human Development(国立小児保健研究所)を創設。
脱施設の方向性を含め、IDDの研究が開始された。

脱施設運動は、長年、医学モデルを否定するモデルと捉えられ、
医学モデルに変わるシステムが構築されればIDD者の地域移行が可能になると思われたが、
Garrardが30年も前に指摘した地域における各種専門医療の不在や不十分という問題は
依然として残っている。

一方、地域にIDD者の多様な医療ニーズに即した医療支援があれば、
IDD者が地域で暮らすことも可能となるとのエビデンスも提示されている。

2001年には米国公衆衛生局長官が以下の報告書を刊行。
“Closing the gap: a national blueprint to improve the health of persons with mental retardation: report of the Surgeon General’s Conference on Health Disparities and Mental Retardation”

IDD者が経験している医療格差とその背景を広範に調査し、問題点を整理した。

例えば、

・避けることができたはずの死、複数疾患の同時罹患、慢性疾患が高率で起こる。予防医療へのアクセス不良。
・メンタル・ヘルス、口腔ヘルス、乳がん、子宮がん、大腸がんのスクリーニグの不備、予防接種の遅れ。
・健康問題を理解し、認識し、自分で報告できにくい問題。それが治療の継続を難しくしている。
・有保険者を含め、金銭的な障壁。
・医療提供者へのインセンティブの不足。
・移動とアクセスの問題、社会や人々の態度という障壁、社会の誤った認識。
・IDD者の医療ニーズに関する研究の不足。
・特にIDD者の医療ニーズに関する医療提供者の公的な研修の不足。それが地域の医療職の経験不足に繋がっている。

2006年にはAAIDDが
「IDDのある人と一般の人々とのあいだには大きな健康格差がある」と宣言。

同時期に国連障害者権利条約が
その第25条で医療をめぐる障害者の権利を明記した。

ちなみに、第25条の日本政府による仮訳はこちら↓
http://homepage3.nifty.com/kibd/JPAbenkyoukai/080713_benkyo8-3.pdf

2012年にはthe Arc of the US から
「知的/発達障害のあるすべての人が、自分の個別ニーズに合い、健康とウェルビーイングと機能を最大限に高め、かつ自立と地域参加を増やせる、質の高い、包括的な、アクセス可能で支払い可能かつ適切な医療にタイムリーにアクセスできるべきである」
とする声明が出された。

(ちなみにマサチューセッツ州のArcからは、2009年に以下の報告書が出ています ↓
なぜ知的障害者は小児科医にかかり続けなければならないのか:Arcの報告書(2009/2/4))


特に深刻なのは、IDD者に必要な医療がいくつもの関連領域にまたがっており、
それらのコンポーネントがばらばらのまま統合もコーディネートもされていないことだ。

これらの指摘を受け、NY市、NJ州の試みや
コロラド州のthe Developmental Disabilities Health Center (DDHC)など、
新たにIDD者への医療供給モデルが提示されてきた。

DDHCはIDD児者のニーズに合わせたプライマリー・ケアを統合したもので、
医療だけでなく相談、コーディネーション、医療計画、患者と介護者への教育、研究など
周辺の大学など関連専門医療・研究機関とも連携をとる。

国際的に見ても、英国、豪、NZ、カナダ、オランダでは
プライマリー・ケア医がIDD者と家族のケアに当たり、
必要に応じて専門医に紹介し、専門医が病院医療を提供する。

大きなセンターの発達小児科医が
例えば発達外来とか、遺伝外来、ダウン症外来、自閉症外来など
様々な専門クリニック(ここでは外来の意では?)を通じて、
プライマリー・ケアを担っているが、

成人したIDD者には、こうした専門を絞った医療資源が存在せず
家庭医などが医療全般を引き受けている

一方、医学教育のカリキュラムにおけるIDDの扱いには国としての基準はなく、
教員の中にIDDを盛り込もうと頑張っている人がいるかどうか次第というのが現状

カナダでは最近、医師の国家試験が学部での医学教育カリキュラムに
子どもの医療においても成人の医療においてもIDDを「学習目的」一つに含めた。

医学部のレジデント研修においても、
わずかな例外を除いて国として定められた目標はない。

結局、どこの医学部を卒業した人も、
資格認定に必要なカリキュラムとしてIDDを学んではいないのが現実である。

また、一般的には小児科、そして英国の精神科を除いて、
学部後の一般/家庭医療または専門医療プログラムでは、
コア・カリキュラムの中にIDDは存在しない。

にもかかわらず、世界中の国で、
IDDのある人々はプライマリー・ケア全般を受け続けるには、
一般医(GP)や家庭医を頼っている。


この論文の主要な主張の一つは「統合」の必要だと思う。

医療の統合モデルもたくさん登場しているが、
その一つは双方向の紹介システム

たまたま同じ医療機関内で働く医師が同じ一人の患者のためを考えることから
非公式な形でネットワークができていき、
それが必要に応じて情報を交換したり双方向に紹介することに繋がる。

さらに統合が進んだ形として報告されているのが共同診察モデルで、
一人の患者を例えば精神科医療の専門職と内科医とが同じ診察室で同時に診る。
その効果も既に研究で実証されている。

IDDのある人々の医療ニーズと医療体験について我々の理解が進むにつれ、ただ単に多くの急性期医療の要素を統合すればよいというだけではなく、急性期医療を行動療法や長期的サービスや支援システム、地域ベースの社会支援、発達支援の構造と繋いでいくことが重要だと分かってくる。

一人の患者が急性期医療のこれらの要素のすべてにアクセスする可能性を押さえておくことも大切だが、これらの要素のすべてが統合されていなければ最良の医療を達成することはできない。このアプローチが強調しているのは、従来の各種医療モデルを超えてケアを慎重にコーディネイトし、一人の人の生活のあらゆる主要な側面を含めることである。


ここで言われていることは、まさにこのエントリーでの川島医師の主張だと思う ↓
川島孝一郎「統合された全体としての在宅医療」:医学教育ではICFを教えない?!(2014/12/7)


AAIDDとArc of the USは2013年2月に共同でポジション・ペーパーを出しているが、
そこでIDDのある人々がタイムリーに良質な医療を受けられない障壁として
指摘されているのは以下の4点。

アクセス:公的予算、研修、コーディネーション、診療環境と器具、コミュニケーションなど。

差別医療提供者は時として、個人的(かつ/または)社会的な偏見のみならず専門家としての無知からも、IDDのある人々に十分な治療をしなかったり、不適切な治療をしたり、適切な医療を拒否することがある

医療費:IDDのある人は貧困である確率が高く、自己負担分が払えない。多くの保険プランが経費節減のため専門医療や救急医療を制約している。地域の医療サービスを受けられる公的または民間の医療保険をもたないIDD者も多い。

コミュニケーションと意思決定IDDのある人々は、支援がなければ自分のニーズを伝えることも医療をめぐる意思決定をすることも難しい。代理意思決定者の支援を受けた上であったとしても、IDDのある人々の意思決定は医療提供者から尊重されなかったり、その通りに実行されないこともある。


これらの問題を解決するためには
広範なサービスを統合した医療提供システムが鍵となるが、
例えばコロラドのDDHCのようなセンターとして不可欠なこととして、

・予約診療の時間はゆったり60分とる。
・感覚統合の問題に配慮した照明。
・車イスやその他、障害に適応するための機器が入るよう診察室は広く。
・高さを変えられる診察台その他、物理的な環境整備。
(DDHCではクリニックの設計にIDDのある人々を含めた)


Sullivanらの研究により、
IDDのある人々をケアし介護者にも対応しているのは一貫してプライマリー・ケア医で、
病気予防、早期発見と適切な管理にも彼らの貢献は不可欠だと指摘されており、

彼らは必要に応じて専門医や多職種間サービスへの紹介やコーディネートも担えるが、

プライマリー・ケア医にIDDのある人々の医療ニーズについて情報提供し、
最善のアプローチを可能にするためには、信頼できるガイドラインが必要である。


この次に書かれているのは、2003年にオランダの
The Dutch Society of Physicians for Persons with Intellectual Disabilitiesから出された
基本的なスタンダード。

そこで、IDDのある人々の医療の5つの基準とされているのは以下。

① IDDのある人々は通常の医療サービスを利用する。
② 医療専門職はIDDに関する専門能力を身につける。
③ IDDのある人個々人の特別な医療ニーズを専門にする専門職は
通常の医療をバックアップする。
④ 多職種アプローチが行われること。
⑤ IDDのある人々への医療提供では、プロアクティブで予防的かつ予測的であることが重要。

(私は個人的には、
IDD患者の最善の利益というよりも効率的な医療制度という功利的な観点から
作られた基準のような印象を受けます。

IDD医療の専門性が、例えば地域のクリニックと大病院との関係といった、
病院機能の整理や集約における「高度な専門医療」の専門性と
同じように捉えられている印象なのですが、そこは違うのでは?)

またカナダでは、the Developmental Disability Primary Care Initiativeから
当事者も検証に参加して、いくつかのガイドラインが登場。

2010年にはAccreditation Canada から一連の基準が出された。
(検索してみましたが、ヒットなし)

論文は、こうしたガイドラインの制定には、
IDDのある人本人や家族、医師その他の医療専門職、研究者、
その他医療提供制度のステークホルダーが広く参加することが大事だとしている。

(論文の前半に、医療以外のサービスとの連携の重要性を言っていたことを考えると、
私的には、医療以外の関係者からのインプットも求めてほしいところ)


この後、資金の問題も論じられていますが、
そこは保険制度が異なってもいることとてパス。

で、結論は以下です。

In the mid-1970s, the American Association on Mental Deficiency declared that the presence of an intellectual disability “is no justification for permitting any human life to be terminated through the withholding of life-sustaining procedures.” The need for such a statement at all implies what we know historically, that people with IDD experience extremely limited access to quality healthcare. Today, we celebrate longer life spans of people with IDD, increased attention to the benefits of healthcare that is responsive to their needs, and the development of important healthcare delivery systems that are customized to their needs. We also know that the growing body of research on health status offers incentive to continue developing healthcare structures for people with IDD by training healthcare providers about the needs of people with IDD, by establishing systems of care that integrate acute healthcare with long-term services and support, by developing IDD medicine as a specialty, and by building health promotion and wellness resources to provide people with IDD a set of preventative health supports that did not exist 25 years ago. These and other important advancements in our understanding of the health status and healthcare needs of people across the lifespan can only be characterized, against the backdrop of the realities for people with IDD in the mid-twentieth century, as extraordinary.

1970年代の半ばに米国精神欠陥医学会は、知的障害の存在は「人の命が生命維持手段の差し控えによって終わりにされることを正当化しない」と宣言した。このような声明が必要とされたこと自体が、我々が歴史的にIDDのある人々が良質な医療に極めてアクセスし難いと知っていたことを物語っている。今日ではIDD者の寿命は延び、彼らのニーズに応じた医療の利点も注目されるようになり、彼らのニーズに応じた医療提供システムの開発も行われるようになった。またIDD者の健康状態に関する研究が積み重ねられて、医療提供者へのIDD者のニーズに関する研修や、急性期医療と長期的なサービスおよび支援との連携、IDD医療という専門領域の確立、25年前には存在しなかった一連の予防的医療支援を提供すべく健康と良い状態の増進のための資源の構築が行われてきた。生涯を通じてのIDD者の健康状態と医療ニーズの理解がこのように進んできたことは、20世紀半ばのIDDをもつ人々の現実の背景に照らせば、素晴らしいことである。

There is more still to be done.

しかし、まだまだ多くのことがなされる必要がある。

● Standards of care for people with IDD and their families need to be expanded and codified. These standards should account for the unique healthcare needs of people with IDD, should integrate concepts of self-direction and self-determination, and should reflect the need for and benefits of integration. End-of-life and palliative care issues need to be addressed also.

IDD者とその家族へのケアのスタンダードが広がり、法制化される必要がある。これらのスタンダードはIDD者に特有の医療ニーズを説明し、自己指示と自己決定の概念を統合し、統合の必要性と利点を反映したものでなければならない。終末期と緩和ケアの問題にも検討が必要

●Training and education for healthcare providers needs to be expanded globally. Particularly in the US, but also in other parts of the world, medical schools need to develop and formalize training that emphasizes communication skills and clinical experience, and create residencies and post-residency fellowships in IDD medicine. Other health professions’ educational programs similarly require developmental disabilities to be strengthened in their curricula.

医療提供者の研修と教育が世界規模で広げられる必要がある。特に米国で、しかし世界のどこにおいても、医学部はコミュニケーション・スキルと臨床経験を重視する研修を創設し、IDD医療でのレジデント研修やそのフェローシップを創出しなければならない。またその他の医療専門職の教育プログラムでも同様に、発達障害がカリキュラムにおいて強化される必要がある。

●Board certification should be created and available for physicians who seek specialization in IDD medicine. While specialties in developmental and neurodevelopmental pediatrics are recognized, there are virtually no options for equivalent adult-directed specialty development.

委員会による資格制度が創設され、 IDD医療を専門としようとする医師が認定を受けられるべきである。発達小児科と神経発達小児科の専門医は認定されているが、それに匹敵する成人向けの専門医を目指そうとしても、実質的にその選択肢は存在しない。

●Healthcare delivery systems, building on existing models as well as innovating new approaches to addressing the healthcare needs of people with IDD, need to be developed to improve access to quality care. As recently as 5 years ago, the NCD published four projects noted as “effective programs” delivering healthcare to people with developmental disabilities. More replicable models and research on their efficacy is needed.

良質な医療へのアクセスを改善すべく、IDD者の医療ニーズに対応する革新的な新アプローチを開発するだけでなく、既存の医療提供システムのモデルを強化すべきである。ほんの5年前に、NCDが発達障害のある人々に医療を提供する「効果的なプログラム」として4つのプロジェクトを発表した。さらに信頼できるモデルとそれらの有効性についての研究が必要である。

●Health promotion, wellness, and disease prevention strategies addressing health issues that are unique to people with IDD need to be strengthened. Important work has been done in this area (35–37). Projects like the NCHPAD in the US, and the Rehabilitation Research and Training Center on Developmental Disabilities and Health (RRTCDD) at the University of Illinois at Chicago are examples of what is essential to develop our understanding of health promotion.

IDD者に特有の健康問題に対応すべく、健康増進、ウェルネス、病気予防の戦略の強化が必要である。この領域では重要な仕事が行われてきた。例えば、米国におけるNCHPADや、シカゴのイリノイ大学のRRTCDDのようなプロジェクトは健康増進への理解を深めるために不可欠な研究である。

●Research on the relationships between health status and quality of life, on systems of healthcare delivery and health status, and on the benefits of health promotion and disease prevention on health status needs to be expanded. While there is sufficient research to conclude that people with IDD experience health disparities, research should examine interventions at both the clinical treatment level and the policy development level.

健康状態と生活の質の相関性に関する研究、医療提供システムと健康状態に関する研究、また健康増進と病気予防の健康状態への利点の研究がさらに行われる必要がある。IDDのある人々は医療格差を経験していると結論付けるに十分な研究結果があるが、臨床治療のレベルと施策開発のレベルの両方で研究が行われ、介入を検証するべきである

By building on the recent past successes, and by attending to these recommendations and other needed advancements in our approach to healthcare for people with IDD, we can be assured of improving the access to quality healthcare for all people.

IDD者への医療へのアプローチにおける近年の成功をさらに強化し、これらの提言に応え、その他、必要とされる進歩を目指すことによって、すべての人に良質な医療へのより良いアクセスが保障される。