ベルギーの安楽死・最前線

昨年9月13日のメモで拾ったGoldelieva De Troyerさんの安楽死事件の続報。

というか、むしろ
ベルギーの安楽死の最先端の実態に迫った、詳細な取材記事。

安楽死法の成立に貢献し、その後も安楽死委員会の要職について
100人を超える患者の安楽死を実施してきたとされるWim Distelmans医師は
終末期ではないどころか病気ですらない人への安楽死の正当化や
去年、70人の医療関係者と学者を率いてアウシュビッツ見学ツアーを実施したことなどで
なにかと非難が出ている。

自分たち家族に知らせることなく、Distelmans医師が
鬱病の母親 Goldelieva De Troyerさんの安楽死を実施したことを非難し、
ヨーロッパ人権裁判所に訴えた息子のTom Mortierさんを中心に、
Distelmans医師を含めた関係者に広く取材している。

THE DEATH TREATMENT
When should people with a non-terminal illness be helped to die?
Rachel Aviv,
The New Yorker, June 22, 2015


Godelievaさんは不幸な子ども時代を引きずって
19歳の時に鬱病の治療を受け始め、30年以上も治療を受け続けた。

結婚して2児をもうけるも離婚。
その直後には父親の自殺もあり、精神状態は改善せず、
そのため息子とも娘ともうまく行かないままだった。

50代に入って恋人ができて上向いたこともあったが、
2010年に別れると鬱病は再度悪化した。

10年来かかって生活全般をすっかり依存していた精神科医と縁を切った直後、
63歳になった2011年の夏にDistelmans医師の講演を聞き、
9月には診察を受けた。

その4ヵ月後、心理的な苦痛から同医師に安楽死の申請をしたと知らせる手紙が
2人の子ども達に届くが、娘は関わりたくないと言い、
息子のTomはまさか家族に何の連絡もなく実施されることはないと思いこんでいた。

ところが、12年の4月20日、母親からの手紙が届いて、
その前日にDistelmans医師の勤めるブリュッセルのFree大学で
既に母親の安楽死が行われたことを知る。

母親の家には多くの人に宛てた遺書の下書きと共に
Distelmans医師が創設した安楽死推進団体のLEIF(Life End Information Forum)の
パンフレットがあり、

母親が死の7週間前にLEIFに2500ユーロを寄付していたことも知る。

Free大学病院のオンブズマンに不服申し立てをしたが、
本人の「自由意志」によるものだとの回答だった。

5月15日、TomはDistelmans医師のクリニックに赴く。

疑問をぶつけたが、D医師は、
本人には子ども達に連絡を取るよう勧めたが本人が知らせたくないと言ったのだし、
自分は彼女を殺したのではなく、彼女自身の「断固たる意思」だったのだと答える。

Tomの切々とした訴えにも、激昂にも、心を動かされることはなく、
Godelieva自身が死にたいと望んだことであり、それは彼女の権利だと繰り返した。

2013年の夏、TomはGeorges Casteur医師に母親のカルテの検証を依頼し、
法律が求める3人の医師の同意をそろえることが困難だったらしいことを知る。
気持ちの揺れ幅が大きいことから決意はまだ固まっていないと考えた医師が一人、
もう一人も、孫の話をすると気持ちが揺らぐことに希望があると考えたようだった。

それを元にTomはBelgian Order of Physicians とブリュッセル検察庁に対して、
母親の病気は法律が求めているように不治ではなかったと訴えたが、
それがメディアに取り上げられると、世論からは、自由意志を尊重しないことへの批判や、
安楽死に対するネガティブ・キャンペンだとバッシングが巻き起こった。

特に、昨年、子どもの安楽死合法化を実現に導いたEtienne Vermeersch(81)は
次には認知症の人の安楽死の合法化に向けて活動しているところでもあって、
Tomを批判する声明への署名運動を始め、7000人が署名。

認知症の人への安楽死については、記事の中に非常に気になる情報がある。

Lily Boeykensさんという74歳の有名なフェミニスト
アルツハイマー病初期症状が出たことから安楽死を希望。
現在は自立生活を送っているため2人の医師が拒否したが、
アントワープ大の神経科医でアルツハイマー病を専門とする
Peter De Deyn医師が安楽死に同意。

Lilyさんは安楽死後、自分の脳を同医師に提供すると約束していた。
De Deyn医師はこれまでに30人の認知症患者を安楽死させている。


昨年秋、Tomはヨーロッパ人権裁判所に
ベルギーの安楽死法はセーフガードが不十分で濫用を防止できないと
不服を申し立てた。

その中で特にBritish Medical Journalに掲載の調査で
フランダース地域の安楽死の半分しか報告されていないことや、
安楽死委員会の16人の委員の半数は安楽死推進アドボケイト団体と繋がりがあること、
などを挙げた。

ちなみに、その調査はこれ ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara2/64546886.html

その他、この記事には興味深い分析があり、
安楽死法の成立や、その後も安楽死が啓蒙と発展の象徴と見なされる風潮について
カトリック教の伝統が根強いベルギーの政治が戦後、
急速に脱宗教を図り、人道主義に傾斜してきたことを反映した
「政治的報復のきらい」がある、との見方を紹介している。

この記事によると、過去5年間でオランダの安楽死と自殺幇助件数は2倍となり、
ベルギーでも1.5倍を越える増加となっている。

ベルギーの安楽死と自殺幇助の場合、その大半はがん患者だが、他にも
自閉症摂食障害境界性人格障害慢性疲労症候群、部分麻痺、
聴覚障害に加えて視覚障害躁うつ病のケースなどがある。

また2013年にDistelmans医師は性転換手術の失敗で絶望した
44歳のNathan Verhelstの安楽死を実施した。

著者の取材に対してDistelmans医師は
安楽死委員会では、
ちょっとした病気が重なったことで疲れた人のケース、
我々が「生きるのがイヤになった人」と呼ぶケースが増えてきています。

(確かに医療というよりも社会的な懸念から生じる苦しみだけれど、
彼はそれもまた不治の苦痛と考えると言い)

一人ぼっちだから安楽死したいというなら、
面倒を見てもらえる家族がいないから一人ぼっちなわけだし、
我々が家族を創り出してあげられるわけではないですからね」

記者は取材で友人達から、Godelievaさんが人に依存するタイプだったとか、
前の精神科医にも投資の内容まで相談するほど依存していたなどと聞いたことから、
Distelmans医師を偶像化し、その考えに引きずられた可能性を考えるが、
同医師は「他人を喜ばせるために死のうとする患者なんて会ったこともない」と笑い飛ばす。

昨年、ベルギーの安楽死の13%は
ターミナルな病気ではない人に行われたもので、
約3%は精神障害の苦痛を理由とするものだった。
フランダース地域では、全死者数の5%が安楽死によるもの。

それについて、ベルギーの精神科医療の立ち遅れを指摘する人もいる。
外来医療は最低限で、資金不足のうえに統合されていないために、
多くの患者は長年病院や施設で暮らすことを余儀なくされている。

だから安楽死推進の立場の医師らは
精神科医療には限界があることを受け入れ、
精神障害者が死にたいほど苦しんでいるなら、
それを終末期と考えるべきだ、と主張する。

一方、スピノザ研究者のHerman De Dijnは
自律の概念がイデオロギーと化してしまって、
そのイデオロギー安楽死法が反映し、奨励していると指摘する。

「いったん法律ができてしまうと、みんなが新たな問いを自らに問い始めます。
『私のQOLは十分だろうか? 私は他者の負担になってはいないだろうか?』とね」

でも「人間の尊厳は、単に個人の選択を尊重することだけでなく、
愛する者や社会とのつながりの尊重も含んでいなければならない」

TomはDijnと出会い、その考えに影響されて自分の考えを取りまとめ、
ネット上に発表したエッセイで、以下のように書いた。

「『自由意志』という考えはドグマとなってしまって、
その後ろに簡単に隠れることができるのではないだろうか。
精神科医療と緩和ケアに投資したほうがよいのではないだろうか」




こちらの情報によると、現在のところ安楽死後臓器提供ドナーは17人 ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara2/64546842.html