カメ and トカゲ

10年以上前に中学生だった息子がどこかで拾ってきた小さなカメを
今も飼っている、という人の話を聞いた。

今や25センチくらいになっているそうだ。

拾ってきたのも、もう一人も
息子は2人とも家を出ていき、
夫婦はカメと3人(?)暮らし。

すっかり家族の一員として、
自由に家の中をウロついているのだそうだ。

でも、今日のこの暑さでは
朝のうち廊下のあたりをウロウロしていたくせに、
そのうちリビングの水槽が置いてある棚の前の床のところへ来て、
そこにじっとしている。

それにこっちが気が付くと、
早く水槽に戻してくれと訴えてくるのがおかしくて、
かわいらしかった。

水槽に戻してやると、
あー、やれやれ、という顔しとったわ。

……と、いとおしくてならないという口調で言う。

へぇぇ。カメって、頭ええんじゃね。
……って、カメって、意思疎通とれるんじゃったん?

うん。やっぱり長年一緒に暮らしているとねー、
なんとなく何が言いたいのか、どうしてほしがっているかって、
お互いに通じてくるものがあるのよね。

へぇぇ。そうなんだぁ……。
知らんかった……。

夏は産卵の季節なんだそうだ。

1週間ぐらい
ものもろくに食べなくなって苦しみ続ける。

苦しんで外に出ようとあがくのか、
ふすまが毎年ボロボロになる。

見ていられないほど苦しむので、
つい可哀想になって抱き上げてしまうのだけど、
あまりに苦しいと、たまらんから、さっさとおろしてくれ、と懇願する。

そのうち、和室の畳の上とかに、小さな卵がいくつか転がって、
また元気になる。

で、その卵って、生まれるん?

いや、1匹で飼っているから無精卵なんよ。

あ、そっか。
けど、無精卵を産むために毎年それだけ苦しまんならんって、
なんか、切ないね。

もう、見てると可哀想でねぇ。
その痛み、お父さんにはわからんかもしれんけど、
私には身をもってわかるじゃん? 
ほんと、見てる方がつらくなるんよねぇ。
でも、昔は8個くらい、いっぺんに転がっていたのに、
最近は苦しんで2個とか、苦しんで苦しんで産めなかったり、
いびつなのとか、ごく小さいのが1個、水の中にしょぼんと沈んでいたりする。

それって、加齢ってこと?

うん……そうなんじゃろうねぇ。

その人はとても心配そうに、寂しそうに言う。
家族の誰かが年取ってきたことを残念がるみたいに。

カメって、自分があんまり好きじゃないもんだから
私はてっきり犬や猫のようにはコミュニケーショとれないんだとばかり思いこんでた。

そうかぁ、いのちなんだなぁ……と思った。

聞き忘れたので、
次に会ったら、そのカメの名前を聞いてみよう。

             ―――――

そういえば、この前、
立派なトカゲが一匹、ウチの玄関に迷い込んできた。

(うちは車椅子ユーザーなので玄関がドアじゃなく引き戸になっていて、
その隙間からいろんなものが入ってくる。家の横手に土手があるし。
また、スロープって、虫には「のぼる」習性があるのかもしれない。
ウチん家はダンゴムシゲジゲジなど「這う」系の虫がよく入ってくる。
蛇みたいな巨大ミミズがうねうねと夜中にのぼってたことがあったけど
トカゲは今回が初めて)

子どもの頃の嫌な思い出があって、
あのトカゲの背中のぎらぎらヌメヌメ光る感じが
私は生理的にダメなんだけど、

その時は、こっちがぎょっと足を止めた瞬間の、
そのトカゲの恐怖とパニックがあまりにすさまじかった。

「ぎえっ」と声が聞こえるような形相をみせて、全身をひきつらせ、
次の瞬間、頭は恐怖にこわばって仰向いたまま私にくぎ付けとなり、
上半身は玄関のドアを這い上がろうとし、
下半身は逆方向に逃げようとして、
それらを同時にやろうとしてできないことに
そいつは大パニックをきたした。

それが、あんまりユーモラスな姿だったので、
つい「慌てんさんな」と声をかけてしまった。

「いま玄関を開けちゃげるけん」

だってムカデみたいに瞬間冷凍するわけにいかんし、
叩き潰すなんて考えただけで失神しそうだし、

見てるだけでも全身がゾワゾワして嫌なんだけど、とりあえず、
どこかを開けて外に出てっていただく以外に手がない。

頼むから家の中に入りこむなよ。
(なんせ玄関全体がスロープなので、段差なく、すぐ廊下)
そこから外に出ろよ、と念じつつ、

玄関を開けてやろうと恐る恐る近づくと、
当たり前のことながら、またパニくってアワアワする。

「ちょっと待ちんさい、言うたら」

人がせっかく言うてやっとるのに、
こっちも、こわごわと近づくもんだから
電光石火で反対方向の下駄箱の下に入り込んでしまう。

「あバカ。そっちじゃないっつうのに」

自分が勝手に入ってきとって、
まるで弱い者いじめされるみたいに。なんよ、その態度は。
こっちこそ心臓が跳ね上がったわい。気色わりぃ。

その後、しゃがみ込み、
下駄箱の下の奥の隅っこで身を固めて息をひそめているらしい
姿の見えないそいつに向かって、こんこんと言って聞かせた。

あんたーね。なんで、そっちに行くんよ。反対じゃろー。
どうせ、ドアの隙間から入ってきたんじゃろ。
それなら、よー考えて、そこから出ていきゃえかろうに。
なんで逆に行くんよ。パニックしてからに。ほんま。

ほら、ここ。玄関、開けてとったげるけん。
私がおらんようになったら、出ていきんさいよ。
ええ? こっちよ。くれぐれも反対方向に出てこんのよ。
わかった? こっちの玄関の方から外へ出ていくんよ。ええね?

トカゲを飼っている人は、
きっとちゃんと意思疎通がとれているんだろうなぁ。