ファーロウ事件から松永正訓『運命の子 トリソミー』へ: トリソミー13/18を巡る生命倫理 1

今年の最初の読書は以下の本だった。

松永正訓 『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』
小学館 2013  (リンクから冒頭部分が試し読みできます)

すばらしい本だった。

こんな柔らかな感性と強い使命感で
患者や家族と誠実に向き合おうとする医師もあるのか、と
読みながら、何度も大きな感動に揺さぶられた。

著者はなまじの生命倫理学者よりも、はるかに本当の意味でまっとうに
生命倫理の問いと向き合い続けている、ということを、何度も何度も思った。

この本について書きたいことがもちろん山のようにあるのだけれど、
この本を読んだから振り返っておきたくなったことも山のようにあるし、

出版直前のタイミングでこの本を知り、即座に予約注文に至った背景に、
実は、短期間のうちにいくつもの偶然が相次いで起こったりもして、
そこに、なにやら大きなはからいのようなものの働きすら感じているので、

本について書く前に、まずは
これまでの拙ブログでの13トリソミーと18トリソミー関連の情報と、
それらから考えてきたことをたどり直してみたい。


① アニー・ファーロウ事件

私が初めて13/18トリソミーの新生児の救命をめぐる
「無益な治療」議論に触れたのは、カナダのFarlow事件だった。


娘のアニーが13トリソミーだったために
生まれてすぐ、家族がまったく知らないうちに
DNR(蘇生無用)指定にされていたばかりか、一連の経緯から、
医師らが大量のフェンタニールを投与してアニーを殺したのでは、と
両親が疑いを抱いて、提訴した事件。

母親のバーバラさんはブログを立ち上げて、
娘の命を一方的に切り捨てられたことの非道を訴えていた。

経済的な理由から両親は裁判を途中で諦めたのだけれど、

アシュリー事件で知り合った人を通じて
バーバラさんが事件の詳細を多くの人に知らせようと書いた
長文の手紙を読ませてもらっていたこともあって、
私にはとても強く印象に残った事件だった。

そして、その後、ずいぶん経ってから、
私はまったく思いがけないところでバーバラさんの名前と再会する。


② ジャンヴィエ論文(2012)


主著者は、カナダ、モントリオール大の
生命倫理学者で小児科医のAnnie Janvier医師。

共著者の名前を見て、びっくりした。
それが、あのバーバラ・ファーロウさんだったから。

そういえば、彼女は医療ソーシャル・ワーカーだったっけ、
なにしろ、そういう種類の職業の人だった。

あのバーバラさんが、
わが子がトリソミーだとの理由で救命してもらえなかった体験から
この問題を提起すべく、学者と一緒に共同研究をしたのだと知り、
すっごく嬉しかったし、感動した。

この論文でのバーバラさんの結論は、

私たちの研究が明らかにしたのは、親の中にはどんなに短い期間しか生きられなくても障害のある子ども受け入れ、愛することを選び、幸福で豊かな人生を経験した人もいる、ということ。

私の希望は、こうした親を理解し、親とコミュニケートし、親と共に意思決定を行う医師の能力をこの知見が高めてくれること。

次のエントリーに続きます)