脳への電気刺激で植物状態、最小意識状態の人が意識を回復

受傷から何年も経った最小意識状態や植物状態の人が、
脳への電気刺激によって一時的に意識を見せ、
中には手を動かしたり簡単な指示に従って目を動かしたり、
簡単な質問に答えることまでできる、と
ベルギー、Liege大学のSteven Laureys医師らの研究報告。

使われたのは脳を外部から刺激する
tDCS(transcranial direct current stimulation経頭蓋直流刺激)と呼ばれる方法。

健康な人での脳機能の活性化効果が言われているため、
Lawreys医師らが最小意識状態と植物状態の人たちに応用したもの。

55人の被験者の
記憶、意思決定、意識をつかさどる左前頭前野に電極を置き、
一つのグループでは20分間に渡って電気刺激を与え、
もう一方のグループでは見せかけだけの治療を行って、
次の日にはそれぞれ反対を行ったところ、

最小意識状態の人13人と植物状態の人2人に
刺激の前にも見せかけ治療のあとにも見られなかった
意識があるサインが見られた。

最小意識状態の2人は、
簡単な質問に動作で答えることができるまでに意識状態が回復。

ただし効果が続くのは2時間程度。
その後は意識不明状態に戻る。

そのメカニズムは不明だが、
少なくとも12ヶ月変化がなければ、その先も変化は期待できないとのドグマには
反証となる。

Lawreys医師らは
効果をより持続させる方法を研究しているところ。

これまでもゾルピデムによって意識を回復したLouis Viljoenのケースがあるが
Laureys医師らの研究ではゾルピデムで意識を回復した患者はいない。

最小意識状態の人にDBSを初めて使った
Weill Cornel医科大学のJoseph Fins医師は
「2,3時間ばかり窓を開けたり閉めたりするようなもので、
残酷だと考える人もあるかもしれないが、
それによって我々はこれらの人々の脳を害しているわけではなく、
改善を試みているだけ。

こうした実験によって窓の存在が明らかになり、
その窓を強化するための介入が可能だということも分かった」

また、これらの研究を通じて
「問題は診断を正しいものにすること。それが決定的な違いとなる」

Laureys医師は
「(米国で530万人の脳損傷による重症障害者の)中には
家族が生命維持の取り外しをめぐって難しい決断を迫られるケースもある。
診断、予後、治療の選択肢が正しいものだと確信できなければ
倫理的な意思決定もできない」

そう語った後で同医師は
自分に許容できるQOLはどういうもので、自分はどこで線を引くかについて、
友人や医療職と話し合っておくべき、と語っているのが
ちょっと気になるところ。

「無益な治療」論のスタンダードが
すでに「救命可能かどうか」ではなく
「元の機能まで回復可能かどうか」「24時間要介護状態となるかどうか」へと
シフトしてきていることは感じていたけれど、

これでは「死の自己決定権」のスタンダードも、
「終末期の人」から「自分のQOLを許容できないと感じる人」へと
シフトしている、ということなのか……。

……あ。

ベルギーの医師なんだった、この人。

ベルギーではすでに
目も見えなくなりそうなろう者の双子
精神科医の性的虐待を告発した後でうつ状態が悪化した元患者の女性
性転換手術の失敗に絶望した人に、
安楽死が行われているんだった……。



わ~!! とちょっとコーフンしたのは、
「意識不明」とされている人たちの意識の有無の分かりにくさについて
拙著『死の自己決定権のゆくえ 尊厳死・「無益な治療」論・臓器移植』の第2章で
私も「窓の存在」という比喩を使っていること。

例えば、以下の一節。

……そこに開けられるはずの窓があり、中から必死に声なき声を振り絞っている人がいたとしても、いったん「ここには誰もいない」と張り紙がされてしまうと、もう外からは誰も耳を済ませてみようとか、そこに近づいてみようとすらしなくなるのだ。
(p.116)

いったん「ここにはもう誰もいない」と張り紙がされた場所に、なおも寄り沿い、じっと耳を傾けて、外側からしか開けることのできないその窓のありかを探ろうとする人たちがいる一方で、窓を開け、中をのぞき込んで、そこにそれまでは「いない」と思われていた人が「いる」ことを発見しながら、「でも、こんなに重度なんだから、いないのも同然じゃないか」と言って、「窓を再び閉じて、立ち去ってしまおう」と呼びかけてくる人たちがいる。
(p.117)


拙著『死の自己決定権のゆくえ』は、
ここしばらくアマゾンで品切れ状態となっていますが、
現在第2刷の印刷中で、まもなく補充される予定です。