意思決定能力法MCAの検証報告書(英国)

意思決定能力法MCAの検証報告書(英国)

自分で意思決定を行う能力が弱い人々のために、それまでの財産管理を主とした制度を医療をはじめ生活全般の意思決定支援に広げた英国のMental Capacity Act 2005(意思決定能力法。05年4月に成立、施行は07年10月1日)については、2008年1月に当欄で紹介した。MCAの基本原則は以下の5つ。

① そうでないと証明されない限り、すべての成年は意思決定能力を有するとみなされる。

② 意思決定できないと判断される前に、自分で決定するための実施可能な限りの支援が尽くされていなければならない。

③ 他人には奇妙または愚かと思われる決定でも尊重される権利がある。

④ 意思決定能力を欠いた人のために、またはその人に代わって行うことは、それが何であれその人の最善の利益に適っていなければならない。

⑤ 意思決定能力を欠いた人のために、またはその人に代わって行うことは、それが何であれその人の権利と自由を最も制約しないものでなければならない。

このMCAについて、法制後の実施状況を検証するための上院議会で2013年5月に委員会が立ち上げられた。その報告書が今年3月13日に刊行されたので、冒頭のサマリーと「結論と提言」部分を読んでみた。

MCAへの関係者の評価は高く、広く支持されている一方、個々の現場での実践にはその精神と理念が十分に反映されていない実態が報告されている。特に懸念されるのは医療と福祉の領域。パターナリズムと責任回避の文化が職場に広がっているため、MCAのエンパワメントの精神が認識されにくい。そのため、専門職が従来のやり方を変えることなく、本来はMCAが遵守されるべきところで、単にやってもやらなくてもよい追加事項程度の扱いとなってしまっている。

上記の5原則についても、①意思決定能力のアセスメントが行われていないことが多く、行われてもその質が低い。②意思決定への支援がきちんと行われていない。③組織内に広がるリスク回避とパターナリズムの文化によって「愚かな決定」という概念そのものが阻まれている。④最善の利益検討においても、本人の望みや考えや気持ちを尊重するためにMCAが定める手順を守らず、臨床判断や資源の都合で決められていることが多い。⑤最も制約の少ない選択肢原則が常に適切に検討される状況とはなっていない。

とりわけ医療と福祉の関係者が誤って理解しているのは、そうでないと実証されない限り意思決定能力があると前提する①の原則。この原則が、むしろ不介入や劣悪なケアの正当化に使われている他、責任回避のために悪用されるケースすらある。

報告書は「専門職が保護とパターナリズムの姿勢から、本人の能力を引き出しエンパワする姿勢へと、根本的な転換を行う必要がある。専門職はMCAの下での自らの責任について知ると同時に、家族もMCAの下での自らの権利について知っておく必要がある」と指摘している。

こうした実態の是正に向けて、報告書は政府に対して39もの提言を行う。最も大きな提言は、MCAの実施責任を負い、その推進を担う単独の独立した組織を作ること。そして、その組織がやるべき具体的な仕事を、例えば医療と福祉の各種制度の中にMCAを反映させ、ケアの質コミッションその他の監督機関や各種学会ほかと連携して専門職への啓発と教育を行うことなど、多くの提言を通じて挙げている。

もう一つの大きな提言は、2007年の精神保健法改正を受けてMCAに追加された「自由の剥奪セーフガード」規定について、却って本人の気持ちを慮ることなく他者の意思決定を押し付ける正当化に使われてなど悪用が目立つとして、抜本的な見直しの必要。他にも、MCAで新たに設けられた保護裁判所について、案件処理能力の向上、透明性の確保、法的手続きへのアクセス保障など様々な改善を求めている。

専門職がそれぞれの文化を形成してきた医療や福祉の現場で、その文化や慣例を変えていくことの難しさを改めて考えさせられる報告だった。なお、この報告書は、英国では通例となっている通り、知的障害のある人向けにイラストと易しい文章で書かれたイージー・リード版でも刊行されている。

翻って、日本の成年後見人制度には、本人の法的能力を制限することによって意思決定能力を欠いた人を保護する仕組みが、国連障害者権利条約に抵触しているとの指摘も出ている。自己決定能力を欠いた人の医療についての代理決定をめぐる法整備もスタンダードの整備も、いまだ進んでいない。日本でも、まずは詳細な実態把握を行い、改善の必要な問題点をあぶりだす作業が必要なのではあるまいか。
連載「世界の介護と医療の情報を読む」第95回
介護保険情報」2014年5月号