人生最悪の旅

蝶よ花よと育てられてワガママ放題の友人が、
お遍路さんにハマっていた時期があって、

それは別の言い方をすると、
彼女にたいそう苦しいことがあって、
その苦しみと死に物狂いの格闘を続けていた時期なのだけれど、

そこから何とかくぐり抜けて出口にさしかかった頃に、
彼女から四国旅行に誘われた。

お遍路さんは足腰に自信がないし、
私の足腰は海の週末帰省の可否に直結しているので
何度誘われても私は断固「ヤだ」と言い続けていたのだけれど、

このたびは、ちょっと違っていて
彼女が大学時代の友人と行った四万十川の屋形船がサイコーだったので、
「つれてってあげたい」んだという。

へー、こいつもそんな言葉を知っていたのか……と、びっくりするような、
青天の霹靂の誘いモンクだった。

さらに「今度の旅行は、私がなにもかも段取りするから、
Spitzibaraさんは何も考えずについてきてくれたらいいから」とまで言うもんだから、
つい、ほだされて、日にちだけ決めて、後はお任せした。

1泊2日の初日前半、絵に描いたような女の二人旅は、
途中下車した駅には桜と菜の花がみごとな満開で、
2人とも高所恐怖症だから祖谷のかずら橋は3歩で引き返したけど、
それだってゲラゲラと敗北の大笑いが楽しかった。

安全なコンクリートの橋の上で
「そこに見えるかずら橋を渡ってきました」みたいな顔で写真を撮り、
傍の店でルンルン気分で不味い山菜蕎麦を食べた。

驚きの事実が判明したのは
また電車に乗り「最終目的地」のはずの駅に着いた時。

ホテルは予約してあるけど、
どうやってそこへ行くのか定かではない……

……なにっ!

たぶん、ここらへんからバスに乗って、
たぶんこんな感じの名前のところで降りるんだったと思うんだけど。

……そのバス停に行ってみたら、
なんと来るのは1時間ほど先。

やむなく、お茶を飲みつつバスを待ち、乗ってみると
(乗り物に乗るたびに、こいつが当たり前のようにさっさと窓際に座ることに
私はこのあたりで気づく。気づいてないうちは気にならなかったけど、
いったん気づいてしまうと、チョー癇に障る)

それから、バスはひたすら走ること走ること。

「こんな感じの名前」のバス停は、
延々2時間近くもバスに揺られて、やっと現れた。

そこから電話してホテルから迎えに来てもらって、
小さな丘を越え、やっとこさ、たどりついたのは
絶景を見晴らすエーゲ海風のコテッジ。

ちょっとー、いいところだねー、ここは!
やっと落ち着けて、私も気を取り直した。

オシャレなディナーもワインも、美味しかった。

衝撃の事実が判明したのは、
ほろ酔い気分でレストランから部屋に戻る途中。

明日の屋形船はお昼に食事つきで予約してある。
でも、このホテルから屋形船まで、どうやって行くのか知らない。

……おいっ!

首根っこ、ひっ捕まえて、フロントまで引きずっていき、
「すみませんっ。パソコンでこれこれの屋形船のHPを見せてくださいっ」

土地勘ゼロでちんぷんかんぷんのアクセス情報を前に、
「すみませんっ。これに行きたいんですけど、最寄のJR駅は?」

フロントマンの答えは、まずバス停までタクシーで15分。
(「朝は送迎は出来ません」「バスはありません」ってさ)

そこからバスで最寄のJR駅まで(前日のバス行から推測しても当然だけど)
なにしろ相当にかかって、

そこからJRで、またさらに驚くほどかかるんだけど、
そのJRがまた、ほんのちょびっとしか本数がないとくる。

フロントのお兄ちゃんと問答してみると、
「どうにか、この電車に間に合えば、ギリでお昼につけるかも……」
ただし降りたら、その先はバスはないのでタクシーで。

途中から、もうその先は聞きたくもない気分。
いっそ屋形船の予約を取り消して行き先変更したいっ……とも思ったけど、

自分のしでかした失態に少しだけ恐縮しつつ、
こいつは頑として「屋形船に乗るんだ」と言い張る。

仕方がないから翌朝のタクシーを予約してもらって、
部屋に戻った。

その約1時間後。

またも驚いたのは、
こいつが風呂から上がってくるや、歯磨きの香りもさわやかに
さっさとベッドに入って本気で寝ようとすること。

「え? あんた寝るの? 友達と旅行に来てて自分だけさっさと寝るの?」
「うん。わたし10時には寝る人だから」

うぇぇ……?

「私はまだまだ眠れないんだけど、じゃぁテレビ見ててもいい?」
「うん。いいよ。おやすみ。ぐぅ」

一人取り残されたSpitzibaraは薄暗い部屋で本も読めず、
見たくもないテレビを、それから2時間も寂しく一人で見続けましたとさ。

で、明けて翌朝は、雨。

今から雨の中タクシーに乗ってバスに乗ってJRに乗ってタクシーに乗って
はるばるはるばる行くのか……と思ったら、ほとほとウンザリした。

なのでヤケっぱちで提案した。
「ねぇ、もういっそ、このタクシーで行ってしまおうよ。どう?」

雨の中で「タクシー後バス後JR後タクシー」の「金額と時間と労力とストレス」とを
秤にかければ、いいよ。もおー。なんだって。

ずっと小学校の先生をしている彼女は子どももおらず、
私なんぞよりはるかに金持ちである。もちろん異議なし。

で、快適なドライブにて屋形船の予約になんとか無事に間に合って、
それなりに楽しんだのはいいんだけど、

その船を下りたところで、なんと、またきたね。
もう何度目だか分からなくなった、あの衝撃が。

ここからどうやって帰ったらいいのか、わからない……だとぉ?

まだ驚いてる自分が、いっそ不思議なくらいだ。

屋形船の事務所で尋ねる。
タクシーでJR駅まで20分。
恐ろしいことに、そこから岡山まで4時間。
(そこからさらに新幹線で……)

くっそぉぉぉ。

オマケにすんでのところで2時台の電車に間に合わず、
ここでもまた本数は信じられないほど少なくて、
次の4時台まで、また相当な時間をつぶしつつ待たねばならん。

「ねぇ、4時間だよ。途中でおなかすくじゃろ? なにか買っとこうよ」
「いらない、そんなの」
「……」

周囲に食事ができるような店はないし、確かに何か買っておこうにも、
駅にはみやげ物と駄菓子くらいしか売ってない。

まぁ、途中で車内販売くらいくるだろ……と
私は駅の売店で読みたくもない週刊誌をとりあえず2冊買った。

で、絶句したのは、電車に乗り込んだ時。

またも当然のように窓際に座ったこいつの手には
いつの間に買い込んだのかビニール袋が握られていて、

ビールのロング缶1本と、つまみの貝の燻製5個入りを
その中から取り出して、得意げに見せる。

発車と同時にプシュ。「うしし」。

間もなく車内放送があり、
澄ましこんだ声が冷酷にも言い放つ。
「この列車には車内販売はございません」。

一瞬、泣きそうになった。

ご機嫌でビールを飲む友人は
貝の燻製を2つ、私にも分けてくれた。

そして、寝た。そのまま4時間。ずーっと。窓際の席を占領したまま。

私は2冊の週刊誌を隅から隅まで2回ずつ読んだ。一人で。4時間。ずーっと。
寝ようとしても、余りに腹が立っているので眠れないし。

せめて岡山で乗り換える時に、何か食べ物を買えるんじゃないかと
祈る想いだったのに、乗り換え時間がギリギリで、何も買えなかった。
車内販売はもう終了した後。ぐすっ。最後の望みだったのに。

この間、こいつは一度として
「あんた、おなかすいてない?」なんて聞きもしなかった。

自分だけ平然と満ち足りちゃって
「あーいい旅だったー」と、伸びなんかしてる。

あんた、それでも一人前のオトナか?
あんた、それでも友達か?

腹の中が煮えくり返って、
もう口を聞く気にもならない。

怒りと空腹とに耐えながら、
頭の中でずっと繰り返した。

もうこいつとは金輪際どこへもいくもんか!
もう友達やめちゃる! 絶交じゃわ。がるぅ。

なのに、数年後のある日、
電話で「私、旭山動物園へ行きたい。一緒に行かん?」と言われて、
北海道までつきあったなんて、我ながら信じられない。
(もちろん予約は全部ネットで私がやった。部屋も2つ取った)

それが、この友人 ↓
友人宅(2013/11/21)


ほんと、今こうして書いてみても、
つくづく酷い奴だったなぁ、と呆れ果てる。

その酷い奴が連れて行ってくれた小雨の四万十川
屋形船も貸しきり状態で、

ちょっと豪華な弁当を食べた後は、2人でごろんと寝っころがって、
ひさしから落ちる雨だれの音を、ただ黙って、ぼーっと聞いていた。

ぴちょん、ぴちょん…ぴっちょん……

あれは私の人生にあった
とても美しい時間の一つだった。

人生最悪の旅だったけど。