ドイツの生命倫理学者が提唱する商業的自殺幇助CAS:どうせ医師にもセーフガード機能果たせてないんだから、ショーバイにしたって違いはない

ドイツの生命倫理学者Roland KipkeがBioethics誌で
commercially assisted suicide (CAS 商業的自殺幇助)を提唱。

医師が関与しない分、医療倫理に抵触しないし、

医師は思想信条によって拒否する場合があるが、商業的自殺幇助なら
自殺希望者にとっては医師よりもサービスを利用しやすくなる。

そもそも、統計からしても
医師は自殺幇助に際してきちんとうつ病患者のスクリーニングができていないのだから、
その点では商業的自殺幇助に携わる人間がうつ病のスクリーニングができなくても
現状と変わりはないわけだし、

自殺幇助に適切な致死薬の処方量なんて医師の教育に含まれていないのだから、
医師だからといって自殺を適切に幇助できる能力が備わっているという保障などない

その一方、その知識自体は大したものではなく、
医師でなくても簡単に身につけられる。

だいたい患者の自律というなら、
医師による自殺幇助よりも商売として自殺幇助をする方が
より尊重されるはずだというKipkeの正当化論は以下。

Studies have shown that doctors' assessment of the quality of life and of the suicidal wishes of seriously ill patients depends significantly on the psychological situation of the doctors themselves, and that they systematically underestimate the quality of life of their patients. Quite a few doctors also advocate directive counselling, even on morally controversial issues. It is probable that this is not fundamentally different with regard to their decisions for or against suicide.

研究によれば、重病患者のQOLにしても死にたいという望みにしても、医師のアセスメントはその医師自身の精神状態次第というところが大きいこと、医師は自分の患者のQOLを実際よりも低く見積もりがちだということが分かっている。また多くの医師が、道徳的に論議を呼ぶ問題についても、誘導的なカウンセリングを提唱している。自殺に賛成か反対かを決めることだって、これと基本的にはかわらないのではないか。


だから、商業的自殺幇助を認めたとしても、
人間の命に対しておぞましい商業化が起こるわけではない。

なんとなれば、
「医師は常に患者のニーズで生計を立ててきたが、
それに腹を立てる人はいない」から。



上記のゴチックは全てspitzibaraによるものですが、
その部分、自殺幇助が合法化されるべきではない根拠として、
反対派が指摘してきたことそのままなんですけど、

多くの推進派は「そんなことは事実ではない」と言うのが常であるのに対して、
Kipke氏は「それは事実である」と認めている。

ならば、この主張って、
自殺幇助合法化推進の立場への痛烈な皮肉……?

それとも、額面どおりの主張だとすれば、
すでに起きている「すべり坂」を論拠に、
さらなる「すべり坂」が正当化される逆説マジック?

そういえば、
オランダで子どもの安楽死の合法化を推進していた人たちの論理もこれだった。

どうせ今だって子どもへの安楽死という違法行為が水面下で行われているのだから
合法化されたところで大した違いはないんだ、と。