スイスの「バイオ医療倫理学者」が幇助自殺者からの臓器提供を提唱

スイスのBasel 大学の、the Institute for Biomedical Ethics (バイオ医療倫理研究所)所属で、
英国の臓器提供倫理委員会のメンバーでもある、David Shaw医師が

スイスの臓器提供率アップのために、
幇助自殺者からの臓器摘出を認めることや、
中央集約のドナー登録制度、個別(自分なりの方式での?)臓器提供事前指示などを提言している。

Swiss Infoのインタビューに答えたもの。

スイスの臓器ドナーは100万人に13.6人と
ヨーロッパ諸国の大と比べて半分程度に留まっている。

スイス下院の社会保障と医療委員会は今年10月17日、
「みなし同意」制度の導入を16 対8で否決。
上院はそれに先立って否決しており、
臓器提供には同意が必要とする現行制度が維持されることになった。

議会は2018年までにドナーを100万人当たり20人まで増やす目標を立て、
委員会はそのためのアクションプランに、
病院職員に臓器提供についてのコミュニケーションの研修を義務付けることを含めている。

が、「バイオ医療生命倫理学者」であるShaw氏は
臓器がないために死ぬ人がいるんだから、これでは不十分、と。

この人の言っていることの要点とは、だいたい以下。

ドナーカードがない場合に家族が臓器提供に反対するのは、
悲しみの中で臓器提供がいかに人を救うかという利点が理解できないために過ぎないし、
家族の反対で提供されないと、むしろ本人が提供したかった気持ちが無にされる。

・臓器提供を拒否した家族はその後数週間から一月くらいの間に、
その決定を後悔している、という経験的なエビデンスがある。
(具体的なデータや元情報は提示されていない)

・だから、そういうことが起こらないように、
ドナー登録を中央に一元化する制度を作り、
またウェブ上の書式に記入できるようにしたり、
親しい人へのビデオを残すなど、
個別の臓器提供事前指示(Personalized Organ Donation Directives)なるものを作ろう。


幇助自殺者からの臓器提供についてのやりとりは以下。

swissinfo.ch: You’ve also proposed more radical solutions. For example, donations from patients who die through assisted suicide. How would this work, and what ethical issues would need to be considered?

D.S.: I'll just say upfront I'm not saying that we should be killing people to take their organs. But Switzerland is one of the few countries in the world where several hundred people use assisted suicide every year. This is a situation where you have people who want to die, you know when they're going to die, and many of them are probably registered organ donors. So it's also more respectful to the people to let them do this final kind of parting gift to humanity.

まず最初に言っておきたいのは、私は臓器をとるために人を殺すべきだと言っているのではないということです。スイスは毎年数百人が自殺幇助を利用する世界でも数少ない国の一つです。これはどういう状況かというと、死にたいという人たちがいて、その人たちがいつ死ぬかが分かっていて、そのうちの多くはたぶん臓器ドナー登録をしている。それなら、死ぬ前の最後のヒューマニティへの贈り物として臓器提供をさせてあげるほうが、その人たちの意思を尊重することになります。

The trouble when you have an idea like this is that some people might get a hold of it and say, 'These crazy ethicists. They want to kill everyone and take their organs out.' Not the case at all. I'm just saying, people are dying because we don't have enough organs.

こういうアイディアを出すときに困るのは、誰かがそれを捕まえて「またヘンな倫理学者が出てきた。誰でも彼でも殺して臓器を取り出そうとしている」というんですけど、そういうことでは全然ないです。私が言っているのは、ただ、臓器が十分にないために死んでいる人たちがいる、ということです。

There are also ethical objections, that more people will choose assisted suicide because they think that they can save other people's lives and they feel they're a burden. The burden argument is used a lot in assisted suicide debates, and it's not really very convincing. The bioethics literature is quite clear on that.

他の人の命を救えるし、自分もお荷物にはなりたくないからといって自殺幇助を選ぶ人が増えるという倫理的な反論もありますし、こうした「お荷物論」というのは自殺幇助の論争では良く使われる論法ですが、説得力は余りありません。生命倫理学の文献ではこの問題についてはすでにはっきりしています。

Another issue is that although assisted suicide is legal in Switzerland, the general attitude of hospitals and doctors in Swiss hospitals is they don't really want to be involved in it. And that attitude might extend to people working in transplantation.

もう一つの問題として、自殺幇助はスイスでは合法ですが、一般的に病院も医師も関わりたくないという姿勢ですから、移植医療の関係者にも同じような(自殺幇助に関わりたくない)という姿勢が広がるんじゃないでしょうか。


ゴチックにしてみたところ、
本音がこぼれ出ている感じがするのだけれど、

いくらドナーカードを持っていても、
いつ死ぬか分からない人からの臓器提供はあまり効率がよくない一方、
幇助自殺の場合には(メイナードさんのように)いつどのように死ぬかが
あらかじめはっきりしているので、効率的な臓器提供が可能になるし、

特にスイスは自殺幇助の名所で、幇助自殺者が多いのなら
せっかくのアドバンテージを生かせばいいじゃないか、ということ?



こういうふうに「臓器不足解消」を熱く説く人たちは
移植臓器を待ちながら死ぬ人について「臓器がないために死ななければならない」と
まるで死因が「臓器不足」であるかのように言うんだけれど、

その人たちは「病気で死ぬ」んじゃないんだろうか。

一方、
医師の幇助を受けた自殺や安楽死で死ぬ人については、
「もともとの病気で死にかけているんだから、
毒物を注射されたり飲んで死んだとしても、
その人を殺したのは医師でもないし自殺でもなく、
その人は病気で死んだのである」と言われたりする。

(オランダ、ベルギー、スイスでは、
「もともとの病気で死にかけている」とは言えない人まで
安楽死や自殺幇助で死んでいる現実があるけれど)

もしかして「バイオ医療倫理学者」というのは、そんなふうに、
バイオ医療をはじめ最先端の『科学とテクノ』をがんがん進めるべく、
障壁となる倫理問題をクリアするための
理論武装を引き受ける人たちのことを呼ぶんでしょうか。

(だって、どうして「生命倫理学」とか「医療倫理学」ではダメなの??)

で、結局、ここで言われていることって
「どうせ」死にたいと本人が言っているんだから死んでもらったっていいし、
「どうせ」死ぬ人なんだし、「どうせ」死んでしまったら臓器に用はないわけだから
それなら有効活用させてもらえばいい……ということ?


そういえば、
2010年にサヴレスキュとウィルキンソンが提言した「臓器提供安楽死」も
だいたいそういう正当化論だった。(詳細は以下の「12月8日のメモ」からのリンク一覧に)

臓器提供も消極的安楽死もどちらもどうせ自己決定なんだから、
いっそのこと生きているうちから麻酔をかけて
臓器摘出するという方法で安楽死してもらったら効率的だ、と。

そういえば、ベルギーでは
安楽死者からの臓器摘出は2005年から行われている。
(詳細は以下の「12月8日のメモ」からのリンク一覧に)

それらを考えると、ショウの議論の次のステップは、

自殺幇助を受けて死ぬ人が臓器提供も自己決定するなら、
どうせどちらも自己決定なんだから、
いっそのこと生きているうちに麻酔をかけて
臓器を摘出するという方法で自殺してもらえば
よほど効率的だ、という話になっていくのかな。


この話題については、つい先日12月8日のメモに関連があるので、以下に当該部分をコピペしてみる。

オランダでも、安楽死者からの臓器摘出ガイドラインが画策されている。
http://www.bioedge.org/index.php/bioethics/bioethics_article/11242

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BioEdgeが、サヴレスキュとウィルキンソンの「臓器提供安楽死」論文が「今月号のBioethics誌」に出たと報じているので、てっきり「また書いたのか!」とリンクを覗いてみたら、2010年の論文のことだった。なんだぁ、人騒がせな。
http://www.bioedge.org/index.php/bioethics/bioethics_article/11251

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その他、2011年11月段階まででまとめたもので言えば、










【“脳死”からの回復例など】
以下のエントリーにリンク一覧があります ↓
臓器摘出直前に“脳死”診断が覆ったケース(2011/7/25)