論文「地域における知的・発達障害者の医療」を読む

論文「地域における知的・発達障害者の医療」を読む

知的・発達障害(IDD)のある人々が適切な医療を十分に受けることができていない問題と、その解決に向けた米国のクリニックの取り組みについて、先月号の当欄で紹介した。その後、この問題をめぐって米国を中心に世界の状況を概観・分析した論文を見つけたので、読んでみた。

その論文は、Frontier in Public Healthというジャーナルに2014年7月15日付けで発表された“Healthcare for Persons with Intellectual and Developmental Disability in the Community(地域における知的・発達障害者の医療)”。著者はデイヴィッド・アーヴィンら、米国、イスラエルとカナダの医学者4名。

著者らは最初に、米国におけるIDD者へのアプローチの歴史を振り返る。19世紀から教育目的で作られ始めた知的障害者のための施設は、その後医学モデルによる収容型の施設へと変貌していったが、1962年にケネディ大統領が国立小児保健研究所を創設し、脱施設の方向性を含めたIDD研究が始まった。脱施設運動は長年、医学モデルからの脱却を試み、IDD者の多様な医療ニーズに即した医療支援が地域にあれば、地域生活も可能になるとのエビデンスを提示してきた。

一方、地域における専門医療が不十分な(もしくは無い)問題は依然として残る。2001年には米国公衆衛生局長官がIDD者の医療格差をめぐる調査結果を報告し、06年には米国知的・発達障害協会(AAIDD)が「IDDのある人々と一般の人々のあいだには大きな健康格差がある」と宣言。知的障害者アドボケイトのアーク(the Arc of the United States)からも12年に、IDD者が個別のニーズに応じた良質な医療を受けられるよう求める声明が出されるなど、近年IDD者の医療格差問題に意識が高まっている。

AAIDDとアークが2013年2月に発表したポジション・ペーパーで障壁として指摘したのは、主として以下の4点。

① アクセス:公的予算、研修、コーディネーション、診療環境やコミュニケーションの不備から医療へのアクセスが難しい。

② 差別:医療提供者の個人的(かつ/または)社会的な偏見、さらに専門家としての無知から不適切・不十分な治療や治療の拒否が起こる。

③ 医療費:IDD者は貧しいことが多く、また医療保険のあり方にも問題がある。

④ コミュニケーションと意思決定:IDD者が自分のニーズを伝えることも医療をめぐる意思を決定することも、支援なしには難しい。代理決定者の支援の有無を問わず、IDD者の意思決定は医療職から尊重されない場合がある。

論文は、この問題を広く構造的に捉え、医療提供制度そのものの見直しを提言する。

国際的に見ても、小児には発達小児科医が「発達外来」「ダウン症外来」など専門を絞った外来でプライマリー・ケアを担い、必要に応じて専門医に紹介する仕組みもあるが、成人した後にはこうした医療資源が存在せず、プライマリー・ケアは家庭医や一般医(GP)に委ねられる。ところが、どこの国でも医学教育のカリキュラムでIDDが重視されておらず、小児科以外ほとんどの専門医療のコア・カリキュラムに含まれていない。「結局、どこの医学部を卒業した人も、資格認定に必要なカリキュラムとしてIDDを学んではいないのが現実」なのだ。

医学教育の見直しが急務だが、IDD者の医療ニーズについて、一般医に情報提供を行い、最善の対応を可能とするためのガイドラインも必要だ。その策定には、IDD者本人や家族、医療職、研究者、医療提供制度の利害関係者が広く参加することも大切になる。

問題解決に向けたキーワード、最後の一つは「統合(integration)」だろう。

「IDD者の医療ニーズと医療体験について我々の理解が進むにつれて、単に多くの急性期医療の要素を統合すればよいというだけではなく、急性期医療を行動療法や長期的サービスや支援システム、地域ベースの社会支援、発達支援の構造とつないでいくことが重要だと分かってくる。一人の患者が急性期医療のこれらの要素すべてにアクセスする可能性を意識しておくことも大切だが、これらの要素すべてが統合されていなければ最良の医療を達成することはできない。このアプローチが強調しているのは、従来の医学モデルを超えてケアを慎重にコーディネートし、一人の人の生活のあらゆる主要な側面がそこに含まれることだ」と論文は強調している。

果たして日本では、すでに障害”児”ではなくなったIDD者たちは、医療でどのような体験をしているのか……。とても気になる。
連載「世界の介護と医療の情報を読む」第105回
介護保険情報』2015年3月号