HNTVブログ木下真さんの「障害のある人の人生設計を、いま一度考えるべきとき」

ハートネットTVブログ「Connect -"多様性"の現場から」の担当者、木下真さんが、
重度の人達の自立を支援する会「さぽーと2」(名古屋)のニュースレター4月号に寄稿されたものです。

木下さんご本人と「さぽーと2」さんから転載のご了解をいただき、
ニュースレター刊行日4月1日の数日後にアップする予定にしていたのですが、

その4月1日に個人的に打ちのめされる出来事があり、
とてもそういう作業ができる精神状態ではなくなってしまったために、
せっかく快く転載を了解くださった木下さんと「さぽーと2」さんに、
申し訳ないことになってしまいました。

遅ればせながら、本日やっと掲載させていただきます。

なお、直前エントリーでお知らせしたように、
このエントリーはコメント不可とさせていただきます。



随筆 障害のある人の人生設計を、いま一度考えるべきとき

憎むべきは誰なのか

 昨年は7月26日にショッキングな事件が起きた。19人の知的障害者が殺害された相模原障害者施設殺傷事件だ。その後、半年間、知的障害者施設の歴史について調べ続け、14回にわたるNHKのブログの連載を1月末に書き終えて、一息ついたところだ。

なぜ、知的障害者施設の歴史を丹念に調べ始めたのかというと、あの事件の直後から「施設入所は隔離である」という声が障害者団体や有識者から上がり、犯人とともに施設も悪者扱いされ、その一方では施設職員や重症児者の家族などからは施設の必要性が訴えられていて、その双方の主張対立の原因である施設の真実の姿を知りたくなったからだ。

実は、私は仕事がら両方の立場の関係者や知り合いがいて、しばらくは正直板挟み状態だった。そんなときに、ある重症者の母親が、相模原事件関連の集会で、ひとりの障害者の発言に悲しさと怒りで心臓が止まりそうになったとメールしてきた。「親は子どもを厄介払いしたくて施設に入れたくせに、いまさら悲しがったりしないでほしい」という趣旨だったそうだ。

いくら障害当事者だからといって、被害者家族の心を深く傷つけるような言葉を吐くなど許されるものではない。自立生活の重要性は理解しているつもりだが、一部の障害者の施設およびその家族に対する激しい批判には強く違和感をもった。もちろん、施設で虐待に近い扱いを受けた経験から施設に対する不信感をもつ障害者がいるという残念な事実もあるのだけれど、それでも、本当に憎むべきなのは犯人のはずだ・・・・。

施設か、地域かを問う前に

歴史を振り返ってわかったのは、驚くべき事実だった。日本の過去の知的障害者施設は、隔離どころか、将来の自立生活を想定した一時的な収容施設として設置されたものだった。そのために入所できるのは中軽度の障害者に限られていて、重度や重症の障害者は施設を利用することさえ許されなかった。国は積極的に手を差し伸べようとせず、「社会の役に立たない者に税金は使えない」というのが、当時の厚生省の立場だった。見捨てられていたと言っても、言い過ぎではない。

実は、津久井やまゆり園というのは、東京オリンピックの開催された1964年に、そんな当事者や親たちの窮状を救うべく、日本初の重度の知的障害者の専門施設として神奈川県が建設した施設だった。一時的な収容施設ではなく、望めば終生保護を行うことも可能だという画期的な方針で全国の注目を浴びていた。津久井やまゆり園が、社会にとって邪魔な障害者を社会から隔離するための施設だというのは濡れ衣である。相模湖町の町おこしの一環でもあったので、地域の人々との交流も当初からさかんだった。

もちろん、先に述べたように施設が障害者にとって心地よい居場所になっていないという実態もあるかもしれない。重度の障害者を数百人収容する大規模施設には確かに無理がある。しかし、それもまた施設職員の数の少なさが、管理の強化につながったり、職員の疲弊が入所者への扱いの悪化につながるなど、国の財政援助の不足や運営問題として論じられるべきもので、施設=悪であるという発想で解決がつく問題とは思えない。

日本では重い障害のある人の人生設計を国が真剣に考えることなく、つねにその処遇を先送りし続けて、いまだにその見解が示されていない。施設か、地域かを言い争うよりも、将来の方針も示されず、地域の支援も手薄なままに家族にすべてが任されていて、施設への援助も十分とは言えない状況を改善していくことこそが肝要だと思われる。

ちなみに、施設福祉の歴史を振り返ったときに、日本で知的障害者や重症児者に手を差し伸べた先人たちのほとんどが、クリスチャンであったことも記憶にとどめておきたい。重度の障害者の命を守るという思想は、日本の思想として内側から立ち上がったものとは言い難い。社会への啓発の拠点としても、施設の役割はまだまだ重要だと思っている。



なお、文中で言及されている、木下さんの14回の連載の
各回のタイトルは以下です。

第14回の末尾にすべてのエントリーのリンクがあるので、
最終回のみリンクしました。

第 1回 教育機関として始まった施設の歴史
第 2回 民間施設の孤高の輝き
第 3回 戦後の精神薄弱児施設の増設
第 4回 成人のための施設福祉を求めて
第 5回 最後の課題となった重症心身障害児者 1
第 6回 最後の課題となった重症心身障害児者 2
第 7回 最後の課題となった重症心身障害児者 3
第 8回 終生保護のための大規模施設コロニー
第 9回 大規模コロニーの多難のスタート
第10回 政策論議の場から消えていったコロニー
第11回 島田療育センター:地域支援へと広がる活動
第12回 のぞみの園:施設から地域へ
第13回 津久井やまゆり園の創設
第14回 施設からも家族からも自立して生きる