“独りドライブ” それから、このブログについてのお知らせ

昨日、久しぶりにお馴染みの県北の町に“独りドライブ”してきました。
この町に行った日のことは、これまでも結構エントリーに書いているのですが ↓

桜並木(2012/2/23)
ハロウィーン(2013/10/31)
看護師さんの会話(2013\10\31)
悪魔(2015/5/17)
チラシ(2015年5月21日)


娘を施設に入れてしまった後のウツ状態で行ったのが最初だったこともあり、

その後も、「行ってこよう!」と思い立つのは、
だいたい大きな屈託を抱えている時や、仕事が煮詰まっている時、
時には、気の張る仕事や大きな決断の直前に
腹をくくる「清めの儀式」としてだったり。

今回は、そのどれもが揃っていたかもしれない。

川沿い9kmにわたって続く「千本桜」が満開で、本当にきれいでした。

視界一面に群れ連なって、今が盛りと豪奢に咲き誇る桜を見ると、
息を飲み、そして、次には、どうしてだか、涙ぐんでしまう。

失われていく「時」を思わせるからでしょうか。
あまりに美しいからでしょうか。

美術館で山下清展をやっていたので、覗いてみました。

名前が売れてからは、ほとんど玩具というか「カネになる商品」として
いいように利用され、体よく働かされた人だったんだなぁ……。

それでも、ご本人は、そういうことに汚されていない。
それを、とても大切なことだと感じました。

具体的な文言までは、よく覚えていないのですが、

「いいところに行きたいと思って歩いても、行けません。
何も考えずに歩いていたら、いいところに行けます」とか、

「美しいと思うものでも、あまり欲張って見すぎると
美しいと思えなくなると分かりました」とか、

貼り絵だけでなく、
清の言葉も、なかなか面白かった。



来月5月20日をメドに、
このブログをいったん「ひと区切り」にしようと思います。

前のブログ「Ashley事件から生命倫理を考える」の立ち上げが、
2007年5月21日でした。

アシュリー事件を知り、一般化に向けて動きが始まると予感したシンポの直後に、
とにもかくにも何かやらないでいられない、という思いから、
訳がわからないまま、一文字打つたびにドキドキ・ばくばくしながら始めました。

昨年めでたく還暦を迎えたので、
ちょうど50歳代の10年間を、ブロガーをやって過ごしたことになります。

いろんなことがあり、多くの方々との出会いにも恵まれて、
ブログをやっていなかったら知らなかった広い世界を見せてもらいました。

ブログを始めたお陰で、とても豊かに過ごすことのできた10年間でした。

60代の10年間は、なにか違うことをして過ごしたい、と思い、

ちょうど10年になる来月5月20日に、
いったんこのブログを終えようと考えています。

ただ、著書の注に挙げているエントリーもあるので、
これまでの2つのブログのエントリーは公開のままにしておきます。

相模原の事件からこちらの議論に、
どんどん力を削がれていく、という気分でもいたのですが、

約2週間前に、とても衝撃的な出来事がありました。

相模原の事件とは無関係ですが、
私にとっては、まさに「事件」でした。

深く傷つき、
この10年間に自分が「ブロガーであった」ことの意味を
根底から考えさせられる「事件」でした。

その「事件」については、
最終的に収束に至った後にここで全てをご報告するつもりでおりますが、
その「事件」が今後どういう展開を辿るかによって、
「区切り方」も自分の中で決まってくるかな、と思っています。

5月20日までの約1ヶ月の間に、
アップしておきたいエントリーも、相模原関連を含め、いくつかあるのですが、

現在、
否定的あるいは対立的なコメントが入ると冷静に対応する自信のない精神状態にあり、
悪しからず、今後のエントリーについては
コメント不可とさせていただきますのでご了承ください。

これまでのエントリーのコメント欄とゲストブックは、ご利用可能です。
(5月21日以降のコメント欄については、まだどうするか決めていません)

なにかと勝手ばかり申しますが、
残り1ヶ月、よろしくお願いいたします。