ぷろぺと

最近、ウチの娘はなぜか
プロペト(白色ワセリン)がえらく気に入っている。

前の看護科の担当職員の方が
療育園でお風呂上りに塗ってくださっていて、
いつのまにか我が家の引き出しにも常駐するようになったもの。

お風呂上りに
前はちゃんと海用に買った化粧水を
ちゃんとコットンではたいてやっていたのが、
いつのまにか本人の要望でプロペトになった。

どこが気に入っているのか、
お風呂上りには大きなチューブをずっと手に持って喜んでいる。

まぁ、母親の私も
「ぷろぺと」という音の響きにはちょっと愉快なものがあって
「プロペト出そうか?」「はい、プロペト」「プロペト塗る?」と
なんとなく口にしてみたくなったりもするんだけれど、

そんなやりとりをしながら
海が手に持ったままのチューブから
ちょっと指にとっては顔に薄く塗り伸ばしてやる。

お風呂上りのこういう時間には
ふわっと独特の親密さが行き交う。

そんな時、海が手に持ったプロペトのチューブを
母親の方にぬっと突き出すことがある。

「ほら、お母さんも塗ったら?」

そんなかんじで。

海の風呂上りといえば、
身体を拭いたり着替えさせたり、こっちは全身が汗みどろだから、
汗まみれの顔に本当はそんなものを塗りたくはないんだけれど、

言葉を持たない娘が「ぬっ」と差し出す、その手つきに、
母はイチコロでやられるもんだから、

チューブをじっと持っていてくれる手から、
海の大事なプロペトを、少量、指先にとっては、
自分の汗まみれの顔に強引に塗りこめる。

ええ子じゃねー、あんたは……。

で、先週の
お風呂上りの、そんなひと時――。

例によって「お母さんも塗ったら」と勧めてくれたので
シアワセ気分で顔に汗とプロペトをどろどろと塗ったくりつつ、

ふと思いついて、

「ねー、海ちゃん、お父さんが乾燥して痒いみたいなけん、
プロペト、お父さんにも貸してあげてーや」と言うと、

それまで、まるで親が子を見守るような余裕の笑みで母親を眺めていた海は、
つと目をそらせ、にわかに表情を曇らせた。

「えー、そんなぁ……」という顔。

「え? イヤなん?」

う~ん、まぁ、そう、なんですぅ……みたいな気配。

「なんで? お父さんはオッサンじゃけ?」

申し訳なさそーに、小さな声で、「はー」

「えー、でもお父さん、痒いんじゃけ、可愛そうじゃない。
ちょっとだけ貸してあげんさいや」

「……(渋い顔で考えている)」

「貸してあげたって、お父さんにプロペトがつくんよ。
海のプロペトにお父さんがつくわけじゃないじゃろー」

「……(まだ考えている)」

そこへ、お父さんがお風呂から上がってきた。

「あのねー、海がお母さんにはプロペトを貸してくれたんじゃけど、
お父さんに貸してあげて言うても、イヤじゃ言うんよ」
(海はあらぬ方を向き、ちょっとニヤつきながら聞いている)

「どーしてお父さんはダメなん。お父さんにも貸してーや」

さすがに父親から直接頼まれてしまった海は、
ちょっと渋々ながら、半分だけの笑顔を父に向け、「ハー」と答えた。

そして、

父親の方にプロペトのチューブを差し出したと思うや、
そこでポイッと…… な、投げた……。

さも「じゃぁ、勝手に使えば」と言わんばかりの手つきだった。

お父さん、受難――。