「エキスパート患者プログラム」英国

「エキスパート患者プログラム」英国

重い障害のある子どもの親となってから27年近く、ずっと医療と生活の関係が気になっている。「患者や障害者は、自分の体の状態とつき合いながら『生活』してゆかねばならないのに、そのことの全体像を念頭におきながら考えてくれる医師もセラピストも、どうしてこんなに少ないのだろう」と、最初の著書『私は私らしい障害児の親でいい』(ぶどう社)で書いたのは1998年だった。その4年後には『海のいる風景』(三輪書店)で「本人は本人であることの専門家です。・・・そして親は、その子の親であることの専門家です」と書いて、以来「チーム医療がしかるべく機能するためには、本人と家族を日ごろから対等なメンバーとしてチームに加えてほしい」と訴えてきた。

慢性病や障害のある人は年月と共に様々な工夫や知恵を身につけて、病気や障害と付き合いながら生活していくことのエキスパートとなる。親仲間との出会いに支えられ教えられて障害のある子どもの親として成長してきた私は、そのことを体験的に知っている。だから、「子どもの障害を知ったばかりで戸惑っている若い親御さんたちには、そこをすでに乗り越えてきた私たち先輩の親との出会いを早い時期に作ってあげてほしい」と、身近な専門家に提言してきた。それが散発的な試みに繋がったこともあったが、なかなか定着は難しいとも感じている。

英国NHS(国民保健サービス)の「エキスパート患者プログラム(EPP)」は、先輩患者たちが一定の研修を受けて、慢性病や障害と付き合いながら生活していくスキルや知恵を後輩患者に伝授する講座である。もともとは米国スタンフォード大学の研究チームが開発した「慢性疾患自己管理プログラム」。英国保健省が同チームに特許料を支払って、2002年からスタートした。週1回、2時間半のセッションが6回組まれており、慢性的な症状のある人は誰でも無料で受けられる。2人のエキスパート患者が指導者となって進めるセッションの内容は、痛みや疲労感への対処、抑うつ的な感情への対処方法、リラクセーション技法、健康的な食事、家族や友人や医療専門職とのコミュニケーション、そして将来に向けた計画。糖尿病や関節炎など、特定の疾患に限定したプログラムもある。運営は保健省が設置した公益法人Expert Patients Programme Community Interest Companyが10年以上に渡って担ってきたが、今年6月1日にself management UKという名称のNPOチャリティとして新たにスタートを切った。

その効果は様々な調査で確認されている。例えば、自分で症状をコントロールしながら生活していけるという自信が持てるようになる、それによって活動的になり社会参加が促される、診察前の心構えが違ってくる、症状が緩和される、などだ。さらに医療費削減のメリットもある。NHSの当該サイトのビデオでは、2人の女性の体験談が印象的だ。病気を診断された直後には失った能力にばかりに気持ちが集中して、自分の人生はもう終わりだと思ったけれど、講座を受けて病気と付き合いながら生活できる自信が持てたと話す。「『まぁ、なんて可愛そうな私』って思っていたんですけど、今では『今のまま、ありのままの私でいい』と思えるようになりました」と語る声にも表情にも、誇らしさが滲んでいる。

self management UKが運営する、もう一つのプログラムがActive Self Manager Programだ。エキスパート患者を大学の講座に派遣し、医学教育を受けている学生に向けて体験を語ってもらう。そのボランティアが「アクティブ・セルフ・マネジャー」。3日間の研修を経て、年間4回から6回程度、大学で自分の体験を語り、学生からの質問に答える。それを通して、いかに自己管理スキルが慢性症状のある患者の支えになるかを医療職の卵に理解してもらうのが目的だ。

患者だけではなくケアラーもまた、自分が介護している人の状態や生活について熟知したエキスパートだろう。6月11日のガーディアン紙に、妻を介護する男性が興味深い論考を寄せている。「ケアラーには病院スタッフの誰にも提供できない一定レベルの専門知(エキスパティーズ)がある。にもかかわらず、我々ケアラーを病院のプロセスに加える自動的なメカニズムが存在しない」。ケアラーは患者について大事な情報を持っており、患者を大切に思っている。ケアラーの専門知を尊重することが患者への最善のケアに結びつく、と彼は主張している。

こうして考えてみると、EPPには、専門職と患者や家族との関係を、共に協働するパートナー・シップへと変容させる、ダイナミックなパラダイム・シフトの可能性があるのではないだろうか。

連載「世界の介護と医療の情報を読む」第98回
介護保険情報』2014年8月号