認知症介護者支援プログラムSTART(英国)

認知症介護者支援プログラムSTART(英国)

英国では認知症ケアのコストは現在、年間約3.9兆円。30年後には3倍に膨らむと予測されている。認知症の人の約3分の2に当たる67万人が主として家族の介護を受けて自宅で暮らしており、これら介護者による英国経済への貢献は大きい。しかし、これまでの研究から、認知症の人をケアしている人の約4割にうつ病または不安症があるとされる。介護者の心身の不調は介護を受けている人の施設入所に繋がるため、介護コスト削減の視点からも、介護者への支援が急務となっている。

そんな中、認知症の人の介護者を対象とした、コーピング戦略マニュアルを使った支援プログラムについて、英国、ロンドン大学の研究者らが興味深い調査結果を報告している。

高齢者のメンタルヘルスの研究者、ロンドン大学のギル・リヴィングストン教授らは、米国の家族介護者グループが作った介護コーピング・プログラムを元に、支援プログラム、START(STrAtegies for RelaTives: 家族のための戦略)を作成。STARTでは、介護者の希望する場所(多くは自宅)で、コーピング戦略マニュアルを使って8回のセッションを行う。これまでの介護者へのセラピーは研修を積んだ臨床心理学者が担うのが相場だったが、それでは人的資源の限界から広く実施できにくいため、STARTでは臨床心理学者の指導監督の下に、臨床的な研修を受けていない心理学専攻の学部卒者がセッションを担当する。内容は、認知症について、介護者のストレスについて、気持ちが辛い時に支援を受けられるところについての心理教育。具体的には、介護を受けている人の行動への理解と対応テクニック。後ろ向きな考えが出てきた時の切り替え方。受容の進め方。自己主張するコミュニケーション。リラクセーション。将来への計画。楽しい活動を増やす。学んだスキルを維持する。介護者はこれらの技法をセッションで学び、マニュアルとリラクセーションCDを使って家で練習する。

リヴィングストン教授らが2013年に『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』に発表した論文によると、2009年11月から2011年8月にかけて参加者を募り、年齢、性別、人種、教育レベル、要介護者との関係などによって、コンピューターでランダムに介入グループ(173人)と非介入グループ(87人)とに振り分けた。前者の介護者にはSTARTが実施され、後者では介護を受けている人への治療のみがそれまでどおりに続けられた。開始時と4ヵ月後、8ヵ月後にインタビューを行って、うつ病と不安症の有無、介護者による虐待的な言動、介護者と介護を受けている人それぞれの生活の質(QOL)などを調べたところ、STARTで介入したグループに比べて、要介護者への治療のみが行われたグループではうつ病になる確率が4倍も高かった。STARTには症状緩和と同時にうつ病を防ぐほか、介護者のQOLも向上させる効果があるとのエビデンスが得られた。介護者の心身の健康が維持されれば要介護者の施設入所を遅らせることができるため、そのコスト削減効果で介入費用は十分に相殺され、STARTのコスト・パフォーマンスも良い。

今年6月に同誌に発表された論文では、上記の研究で介入グループに振り分けられた人にさらに2年後のフォローアップとしてアンケート調査が行われた。特に助けになったことは何か、セラピーで学んだことを継続しているか、改善すべき点は、適切な介入時期は、などを質問している。回答は自由記述で、回答者は75名。特にリラクセーションCDは評価が高く、マニュアルとともに継続して使っている人が多かった。「介護している人に寛容になれた」、「自分の気持ちを肯定できた」という感想や、セラピストからの共感やネガティブな自動思考の切り替えを評価する声も多い。

その他、「NHSでは診断時に大量の情報が出てきて、あれでは一度に悪い情報ばかりになります。STARTは一度の情報量が少なく、より共感的でした」「知識のある人と『じっくり話す』体験が一番助けになりました」「腹が立ったり混乱したっていいんだと思えて、罪悪感が減りました」。中には、介護されている人本人をセッションに参加させることを提案した人も。時期については診断直後の実施でよいとする人が多かったが、中等度の認知症の人の介護者の中には、もっと早い段階で受けたかったという声もあった。

この調査結果を報道する『デイリー・メール』紙の記事(7月17日)によると、リヴィングストン教授はアルツハイマー協会から資金提供を受け、プログラムを担うリーダーの養成を開始したという。同協会のダグ・ブラウン医師は、「科学者たちが治療方法や治癒を目指して研究する一方に、認知症の人の介護者の心身の健康増進をテーマにした研究をする人たちがいるというのはすばらしい」

連載「世界の介護と医療の情報を読む」第99回
介護保険情報』2014年9月号