「知的・発達障害者のためのクリニック(米)&障害のある我が子を介護する高齢の親たち(豪)」

知的・発達障害者のためのクリニック(米)

晦日、ウェブ版の『ニューヨーク・タイムズ』で“the Challenging Patients”というビデオが目に付いた。「処遇困難な患者」とはどういう患者のことかと観てみたら、知的・発達障害(IDD)者のことだったので、関連記事も併せて読んでみた。

「知的障害のある人たちは、良質な医療を受けることができず、困っています」と語るのは、米国ケンタッキー州ルイズビルのマシュー・ホールダー医師(41)だ。隣で、彼の継父で歯科医のヘンリー・フッド医師(61)が続ける。「親や介護者がクリニックや歯科医院で『子どもさんを連れて出てってください。二度と来ないでくださいよ』と言われるのは、決して珍しいことではないんです」。

2人は昨年6月にオープンしたIDD者のための「リー・スペシャリティ・クリニック」の共同院長である。先にこの問題に取り組んだのはフッド医師だった。2002年にIDD者のための歯科医院を開き、その後も問題意識を共有してくれるジミー・リー州議会議員と共に、クリニックの実現に向けて準備してきた。

創設に当たっては州から建設費470万ドルが提供され、オープニングには知事も出席した。行動療法、理学療法作業療法、言語療法のほか、プライマリー医療、歯科医療、精神科医療を提供する。スタッフは全員がIDD者のケア体験と専門知識の持ち主だ。家族と各種専門職が相談して、一人ひとりに応じた医療計画を立てる。

「難しい迷惑な患者」と見なされて診療を拒否される問題の他に、医師の偏見が診断を曇らせる、という問題もある。クリニックの待合室で成人した息子に付き添う母親は、「普通の医師のところには連れて行けません。自閉症を知りませんから」と言う。複合的な障害があって言葉で意思疎通がとれない息子は、痛みで頭を叩いていたのに自傷行為と誤解されて、病気の発見が遅れたことがある。ホールダー医師は、彼らなりの痛みの訴え方が理解されず、障害による問題行動だと思い込むために、薬で行動に対処してしまうのだ、と指摘する。

「我々は何世代もの医師、歯科医師を養成してきましたが、その教育の中に知的障害のある人々のケアは含まれていませんでした」。クリニックでは、専攻を問わず医学生の研修を受け入れ、世界中の医療専門職に向けて高度な研修プログラムを用意している。

フッド医師は現在、米国発達医学・歯科医学会の会長を務める障害者医療のリーダーだ。最近では、公衆衛生長官や米国医師会、歯科医師会がこの問題に対処する必要に言及するところまで来た。しかし、我が子に自分よりも先に逝ってほしいという親たちの悲しい願いを何度も耳にしてきたホールダー医師のまなざしは、そこに留まらない。「我々はこのクリニックで医療の問題を解決します。でも親にとっては、医療は人生や生活のほんの一部に過ぎないのです」


障害のある我が子を介護する高齢の親たち(豪)

高齢になっても障害のある我が子を介護する「親介護者(parent carers)」の実態調査の結果が、昨年2013年、オーストラリア、シドニーキリスト教系の地域支援団体アングリ・ケア・シドニーから報告された。『高齢期に及ぶ介護:障害のある人々の親介護者の心身の安寧と支援ニーズ(Caring into Old Age: The wellbeing and support needs of parent carers of people with disabilities)』。

調査の対象者はアングリ・ケア・シドニーの支援プログラムを利用している60歳以上の親介護者。81%が女性で、18%が80代または90代。30年以上介護している人が63%もいる。彼らが介護している息子や娘の65%に知的障害があり、4人に1人が2つの病気や障害を併せ持つ。介護者役割のために、彼らの心身の安寧(wellbeing)は国民の平均を大きく下回り、人間関係に影響が生じたり教育の機会を失ったり、有償で雇用されることが難しくなる。しかしレスパイトを含め、個々のケースに応じた柔軟で多様な支援があれば、介護者の心身の安寧も経済状況も上向き、自分も社会の一員だと感じることができる。

高齢の親介護者の最大のストレスは、親が介護できなくなった後で我が子がどこでどのようにケアされるかという問題だ。選択肢について十分に知り、兄弟その他の家族を含めて将来に向けた移行計画を立てることができれば、ストレスは大きく軽減される。そのための支援が必要だ。

オーストラリアでは、国連障害者権利条約で謳われた権利を具現化すべく、2018年に「国家障害者保険制度」が完全実施されるが、報告書は、そこで保障される障害者本人への支援とは別途、介護者のニーズのアセスメントも義務づけることなど、障害者ケア制度の大改革をにらみ、いくつもの提言をしている。
連載「世界の介護と医療の情報を読む」
介護保険情報』2015年2月号