ピーター・シンガーの新刊はeffective altruism(効果的利他主義)

ピーター・シンガーの新刊が4月に出る。

タイトルは
”Doing the Most Good: How Effective Altruism Is Changing Ideas about Living Ethically”

直訳すれば
「最大の善を成すということ:「効果的利他主義」が倫理的な生き方に関する考えをいかに変えつつあるか」


タイトルにあるeffective altruism(効果的利他主義)とは、
ここのところピーター・シンガーが説いている考え方。

シンガーは2013年にTEDでeffective altruismについて講演している。

そのビデオを見て、
内容を取りまとめてみたエントリーがこちら ↓
Peter Singer「効果的利他主義のすすめ」:5000ドルの途上国支援すれば腎臓1個提供するに相当(2013/8/4)


この中から、
シンガーの説くeffective altruismの要諦と思える箇所を抜いてみると、

倫理的に生きるとは、
自分がしてほしくないことを人にしないだけでは十分ではなく
自分が十分なだけ手に入れたら、それをシェアしなければ。
その富をわずかしか持たない人のために使うこと。

ただし効果があるチャリティを選ぶことが重要。

目の見えない人に盲導犬をあげよう。
これはもちろん良いこと。

が、盲導犬1匹を養成するのには、40000ドルかかる。
一方、20から50ドルあれば途上国で眼病の人を治すことができる。

それならば1人の米国人に盲導犬をあげることと
その金で途上国の人の眼病を治すことのどちらを選ぶべきか。
答えは明らかだ。

または、

1つの腎臓を提供すれば、チェーン移植で4人の患者が救われる。

こんな人の写真を見せられたら、私は恥ずかしい。
私はまだ腎臓を2つ持っているから。

しかし、私と同じように感じる人も大丈夫。
腎臓を1つあげて救える命の数と年数をお金に換算すれば、
5000ドルをAgainst Malaria財団に寄付するのと同じことだという話だ。

それを知ると気持ちがちょっと楽になる。
なぜなら私は既に5000ドル以上を同財団に寄付しているし、
その他の目的の慈善団体にもいろいろ寄付しているから。

だから、腎臓を2つ持っていることに罪悪感を覚える人は
気が楽になるためにはそういう方法があります。


で、シンガーによれば、

世界で最も愛情深い effective altruist は、ゲイツ夫妻とバフェット氏である。


たいへん興味深いのは、
そのバフェット氏の息子は、ゲイツや父バフェットによる「慈善資本主義」を
「良心ローンダリング」とか「慈善植民地主義」と呼んでいるということ。

例えば、

富の不均衡に伴って民間の非営利セクターが急成長した結果、

慈善それ自体が、
富の不均衡への罪悪感を覆い隠す「良心ロンダリング」システムであると当時に、
富を偏在させ多くの人々の生活や地域を破壊させてきた現行システムを
維持するための仕掛けとなっていること。

とか、

世界を巨大市場にしてしまった
現行の構造と制度を破壊する概念を正すためにこそ、カネを使うべきである。

とか、

人々が慈善行為を互いに讃えあっている限り、
それは貧困を永続化させる装置にすぎない。




ちなみに、当時
William MacAskillというeffective altruismの信奉者が
息子バフェットを含めた批判者による批判の論点を取りまとめた上で
「ぜんぶ間違っている」とブログで反論しているので、
そこでまとめられている批判の論点を
上の2013年8月4日のエントリーから再掲すると、

1. Charity starts at home
慈善は自分の足元から。

2. Doing some amount of good is what matters, not trying to maximize
大事なのは善行をすることであって、それを最大限にしようとすることではない。

3. It's unfair only to focus on the most cost-effective programs, when there are other causes you could focus on
他にも注目すべき大事な問題はあるのに、コスト効率がよいものだけに注目するのはフェアではない。

4. There's too much focus on the symptoms (which charitable donations do) rather than the root causes of global problems
現象にばかりとらわれすぎて(慈善の寄付とはそういうものだが)グローバルな問題の根源的な原因に目が向いていない。

5. Worries about some people (e.g. Gates) doing harm through
慈善家の中には(例えばゲイツのような)害を成している場合もあるのでは、との懸念。

6. It's impossible to compare effectiveness across charities because the outcomes are so different
アウトカムが違いすぎて、慈善それぞれの効果を比較することなど不可能。

7. You have no reason to be altruistic (and if you're doing it because it makes you feel good, then that's just another form of egoism)
利他的でなければならない理由はない(それに利他行為は自分がよい気持ちになるためにやるのだから、エゴイズムの一形態に過ぎない)。


ついでにシンガーの講演を聞いた当時、私が考えたことを、
同じく上記エントリーのコメント欄から引っ張ってくると、

シンガーの論理でいくと、例えばネット・トレーディングで億万長者になった人が冒頭の中国での状況に行き合わせたとして、安全なところに移したり救急車を呼んだりして、この女の子にかかずらって30分を費やすのと、このままPCの前に直行してトレードで30分の間に稼げる金額と、そこから慈善に寄付できる金額で救える人命の数とその年数で換算して比較した場合には、どうせ今さら病院に運んだところで助かるとも思えないこの女の子の命よりもはるかにたくさんの命を後者の方が救うことができるので、どちらが効果的利他主義者の取るべき道か、答えは明らかである……という結論には、ならないのかな。


富の再分配とそれによる社会保障機能いうのは国家の機能だったはずなんだけれど、富がグローバルにあまりに偏在してしまったために、再分配が1%の恣意に大きくコントロールされるようになって、「みんなで支えあったり負担しあったりしてきた(公的な)仕組み」が崩壊し始めている。それは世の中が1%を利する弱肉強食の世界へと急速に変貌しているということなんだけれど、シンガーが唱えていることは、そっちの問題にほっかむりして、むしろそういう正当化し補強し永続化させようとする方向だということかな、と。


究極的には「1%が全世界の残り99%を責任を持って養うべきだ」というところに行き着くんでは? と思ったりしていました。例えば、1%のスーパーリッチが、世界中の99%のベーシック・インカムの総額を担う。そうすれば英国で問題になっていて日本にも来ること必定の「ゼロ時間契約」奴隷労働だって、人権侵害の搾取ではなくなるかもしれない。それが究極の effective altruism じゃないのかなぁ、みたいなことを。

シンガーは会場に集まった若い人たちに向かって、倫理的な生き方をせよ、と説いているように見えながら(もしかしたら本人だってそう思ってしゃべっているのかもしれないけれど)、実はものすごく卑しいことをしろとそそのかしているように思えてならないんだけれど、シンガーが言っていることのどこをどのように卑しいと感じるのかが、うまく言葉で説明できない。


この部分は、いま振り返って考えてみると、
「倫理的に生きる」ということとか人の善意とかを
カネ勘定にしてしまっているところを、
まず「卑しい」と感じたんだと思う。

それから、
もともと比べられないし、最初から比べるべきでないものを
ことさらに比べてみせることも、私には卑しい行為と感じられる。

例えばAさんの愛情とBさんの愛情のどちらが深いかを
銭カネで換算することで単純に比較して決めようとする行為のような卑しさ。

もし誰かに腎臓を提供するという行為だけを取り出して
それを「倫理的な生き方」の模範であるかのように言い成すなら、

そして、その考えにのっとって
腎臓を2つ抱えたまま生きることが自分は後ろめたいと言うなら、

シンガーこそ、こんな御託を並べていないで
さっさと腎臓を提供すればいいじゃないか。

どこぞにカネを寄付したければ寄付した上で、
さらに腎臓も提供するのがより「倫理的な生き方」であり、
more good you can doということになるはずだろうよ。

それとも
どこかの貧しい国で食い詰めて一つ売らなければならなかった人の腎臓と
お偉い大学者サマである自分の腎臓とでは、
1つ失ったことで健康を損なった時に社会に及ぼす損失が違うから、
その損失を銭カネに換算した時には自分の腎臓の方が値打ちが高いのだとでも
この人は言うつもりなんだろうか。

それにしても、この人たち、
いよいよグローバルなネオリベ科学&テクノの利権に親和してきたこと。

ありていに言って
この人たちが effective altruism という名目でやっていることって、
息子バフェットの言う「富の不均衡への罪悪感を覆い隠す『良心ローンダリング』システム」への
奉仕以外のなんでもないんじゃないだろうか。