奥の院

6年も前にこちらのエントリーに書いているように ↓
ポニョ(2009/7/23)

海は療育園に親がいる時、
「親に言えば、やってもらえる(やらせられる?)こと」と
「ここでは親に言っても意味がないこと」をちゃんと区別していて、
前者は親に要求するが、後者は親を丸無視してスタッフに訴える。

どうやら「園では、親に決定権がない事柄」があるということを
しっかり認識して、そこを基準に使い分けている。

しかも、人をよく見ていて、
「この人なら言えば応えてくれる」という人が近くに来ると、
「分かってくれるまで離しちゃらんど」くらいの迫力で
その人に向かって、しきりに訴えまくる。

この週末、海は久しぶりに熱を出して「奥の院」入りとなり、
上記「ポニョ」から6年間の、わが娘のさらなる「成長?」ぶりを
しかと目撃させられた。

療育園の「奥の院」は、
詰め所をはさんで手前の「奥の院・1」と奥の「奥の院・2」とがあり、
それぞれ、廊下側からも詰め所からも出入りが可能。
その時々の状況によって使い分けられている。

海が入ったのは、今回は詰め所手前の「奥の院・1」。
詰め所との間はドアも壁上部も大きなガラスでシースルー状態。

その日の「奥の院」の担当看護師は、
ずっと昔、海が入所した頃からお馴染みのAさんと、
この春に異動してきたばかりのBさん。

Aさんは、いつもみんなに沢山声をかけて、
コミュニケーションをとってくださる方で、
この日も、私たち夫婦が行った時に廊下で出会うと、

「さっき海さんが一生懸命に何かを訴えるんですけど、
いろいろ聞いてみても、どうしても分かってあげられなくて。

CDが気に入らないのかと思って別のに替えてあげたら
言わなくはなったんですけど、なんか、ちょっと
『まぁ仕方がないから、そういうことにしといてやるか』みたいな
しぶしぶの感じで、やっぱり違うことを言ってたみたいなんですよねぇ……」と考え込んでおられた。

だからといって、親が「奥の院」に入って行っても、
海はもちろん喜びはするが、親に対して何事かを訴えようとするわけではない。

しばらくして、Aさんがやってくると、
海はものすごく必死の形相になり「んんんんんんんん」と唸り声まで上げて
寝たきりがベッドから起き上がらんばかりの迫力。

親なんか、てんと眼中にない。
やっぱ親には決定権のないことを言っているのね。

訴えながら、
海の目は、Aさんの顔と詰め所の中を行ったりきたり。

「やっぱりCDじゃなかったんじゃねぇ」と
Aさんは海がどこを見ているのか、視線を辿って詰め所を振り返る。

「冷蔵庫? 何か飲みたいの?」
「んんん―――――――――!!」

「違うかぁ。じゃぁ、お腹がすいた?」
「んんんんん――――――――――!!!!!!」

さらにいくつか候補を提示しても、すべて拒否。
「違うかぁ。こういう時、育成課さんだったら分かるんだけどなぁ」つぶやくAさん。

「海さん、分かってあげられんで、ごめんね」

海はまだ詰め所のどこかを必死で目で指しては言い張り続ける。
うるさいこと、この上ない。

あんた、日ごろからこんなに厚かましくワガママ言うとるの???

なんとか、このうるさいのを黙らせないと
親としても立場がなくなって、ちょっと焦る。

(だいたい、隣のYくんとTくんも病気で寝とるのに、
あんたー、他の人のことだって、ちったー考えんさいよ。こらぁぁ)

汗かきそうな思いで、必死で頭をひねる。

その視線は確かに冷蔵庫のあたりなのだけれど、冷蔵庫のすぐそばには
奥の院・2」のドアが開いて中が見えている。どうも空室らしい。

そういえば……。DVDのデッキがあるのは、あっちの「奥の……

「もしかして、あんた、あっちの部屋に行きたいって、言うとるん?」

「うわおぉぉ、ぴんぽんぴんぽんぴんぽ――――――ん!!!」(と、顔が答える)

「えー、もしかして、あっちの部屋ならDVDが見れるけん?」

「そのとーり!」

なんちゅう厚かましいやつなんじゃろうか、
「そんなの、あんたがDVDを見たい都合で決まるわけないじゃろ」

呆れる親を前に、Aさんが説明してくれるところによると

「実は、この部屋よりあっちの方が広いし、
あそこ、今いる人が昼間はデイルームに出て無人になっているので、
こっちの3人をあっちに移してあげたほうがいいんじゃないかって、
今朝、提案してみたんですけど、みんなの賛同を得られなかったんですよ」

で、海に向かって、

「そーねー。海さん、そういうやりとりを聞いとったんじゃねぇ。
よし、わかった。じゃぁ皆が休憩から帰ってきたら、Aさん、もう一回提案してみるね。
それで、午後になるけど、お引越ししましょう。約束するからね」

海はすっかり満足して、にまにま。

やっと部屋が静かになる。
(隣のお2人さん、ほんと、ごめんよー)

その後、午後の引越し決行まで、Aさんが部屋に入ってくるたびに
「まだ?」「ねぇ、まだ?」「忘れてないよね、ね?」と
いちいち念押しするウチの娘は、とことんウザかったけど、

午後、無事に3人ともベッドをゴロゴロと移動して
奥の院・2」へとお引っ越し。

早速「おかあさんといっしょ」のDVDを3本、海の目の前に掲げ、
「どれにする?」と聞くと、「ちがう!」。

「えー、でもここにはこれしかないよー」
「ほかにはないんじゃけー、このどれかから選ぼーやー」

いいかげん推理ゲームに疲れてきた親は、ちょっと投げやり。

「ねぇ、これで手を打とうやぁ。『ごちそう祭り』。ねっ、これにしよっ」

「イヤだー」と海がゴネるのと、
親子のやりとりをじっと聞いていたAさんが
「ちがう!」と断定するのが、同時だった。

Aさんはそのまま部屋を出て行ったので、
『ごちそう祭り』を無理やり見せていたら、

しばらくして戻ってきたAさんは、
むちゃ得意そうな顔で海の目の前にDVDの箱を突き出した。

「わぁーお! それです、それです! それだったんですぅ!」

顔全体で嬉しがる海。

それは、なんと、ドリフターズのコント。

「やっぱりねー。育成課さんに聞きにいって、デイルームからもってきたの。
こういうことは、さすが育成課さんはよく分かってるよねー」

おおー。それを知っとるAさんも、さすがじゃがー!

それから1時間40分。
やっと静かになり、親子3人と
向こうのベッドで見えやすいようにギャッジアップしてもらったY君も一緒に、
昭和のコントを懐かしく堪能させていただきました。

いやー、親も本気で笑ったわ。
ドリフターズって、天才だったんですねぇ。

Aさん、ほんっとーに、ありがとうございました。
Bさんにも、とてもよくしてもらいました。

海は夕方、40度超えを果たして
Aさんの鋭い洞察の通りに、めでたく点滴と相成りました。


              ――――――


と、エントリーを書いてから、
さっき療育園に電話を入れたら、今日の担当はCさん。

様子を丁寧に教えてくださって、お礼を言って切ろうとしたら
「あ、この電話、海さんの耳元にもって行きましょうか?」

わ、うれしー。

療育園では前師長がこれをよくやってくださっていたので、
他のスタッフも時にやってくださる。

「海ちゃん、あんたー、熱さがったんじゃとねー。よかったねー。
昨日はごめんなー。お母さん、行こうと思うたんじゃけど、どうにも行かれんかった。
明日、お父さんと行くけんな」

途中、「うひゃう」とも「ぐぎゃう」とも表記しようのない
海のナマ声が耳に飛び込んできて、いかにも元気そうで安心する。

「まだちょっと、ひゅーひゅー言うとるんじゃって?
もうちょっとの辛抱じゃねー。明日行くけん、待っとってね」

そこでCさんが
「目をまんまるにして、ニコニコしてま~す」。

「あはは。目に見えますわー。
お世話をおかけしますが、よろしくお願いします」と切ろうとしたら、

「ご心配でしょうけど、
一生懸命に看させていただきますので」

うわん。もう……。
こんな時に、こんな対応をしてもらえると、ヤだ、母は泣く。