「ナースの昔語り」 シリーズ 2: かっちゃんのお父さん

「かっちゃんのお父さん」


20年くらい前の、ある面会日のこと。

ゲンちゃんは、家庭の事情で面会者はなく、そんな時はシリーズ1のこうちゃんの時のように、手の空いた職員の出番です。

(当時は、職員にも、面会者のない人と一緒に過ごすくらいの時間の余裕は十分にありました)

その日も私は、ゲンちゃんを連れて、庭に散歩に出ました。しかし、デイルームの賑わいに誘惑されるゲンちゃん。そんなゲンちゃんを制しきれず、ゲンちゃんはデイルームの中へと突入。

そこには、みんなが家族で和気藹々と過ごしている光景が広がっています。ゲンちゃんも誰かをしきりに探していますが、そこにはゲンちゃんの家族はいません。

ゲンちゃんの手をとり、どこか他のところへ行こうとしたところ、その手を振り払い、ゲンちゃんが一目散に向かった先は、デイルームのフロアで胡坐すわりをしていた、かっちゃんのお父さんの膝の上でした。

ゲンちゃんは悪びれ感も間違った感もなく、そのまま指を吸い始め、何をするでもなく、かっちゃんのお父さんの胡坐の上でおとなしくしています。かっちゃんのお父さんと目を合わせるでもなく話しかけるでもなく、指を吸い、ただただ抱かれているのです。

「ゲンちゃん、かっちゃんのお父さんだよ。ゲンちゃん、こっちにおいで」

声をかけてみますが、ゲンちゃんは聞こえないふり。

かっちゃんのお父さんが言います。

「いいんですよ、このままで。
うちのカツヤもこれくらい元気だったらなぁ……」

そう言って、
お父さんはゲンちゃんの頭を撫でました。