「ナースの昔語り」シリーズ 7: しんや君

しんや(仮名)さんは、療育園でも特に重症の人のお部屋で暮らしている、
海よりもちょっと年下の男性です。

今ではすっかりオジサンっぽくなりましたが、
子どもの頃は線が細く、ひ弱で、
海と一緒によく「病人部屋」でベッドを並べて寝込んでいたものでした。

その頃の、昔話――。

私はむかし、しんや君が嫌いでした。
当時の私は、泣き虫な男が嫌いだったのです。

しんや君はいつも泣いていました。
うぇ…うぇ…うぇ…。

その泣き声が耳について、
いつのまにか上手にマネできるようになりました。

しんや、いつも泣いてばかりで、それも、うぇ…うぇ…って。
泣くなら泣くで、もっと大きな声でワーンワーンと泣きなさい」

実に意地悪な声かけですが、
泣いてばかりいるしんや君に
何もできない自分の無力さを痛感していたのでしょう。

そんなある日の深夜、
いつも泣いてばかりいるはずの、しんや君が泣いていません。

「おい、しんや。今日は泣かんのんか?」

しんや君は、凛とした表情でこちらを見ています。
目で返事をしたように見えました。

よくよく考えてみると、いつも泣いてばかりいたので、
それまで目が合うということがなかったのでした。

「泣きたいけぇ泣きよったんか?
それとも、しんどかったけぇ、泣きよったんか?」

YES。
しんや君は答えます。

「いま泣いとらんのは、今は大丈夫なんか?」

YES。

それからでしょうか。
しんや君が泣いているところを見ることが少なくなりました。

泣かなくなったのです。

あるいは、泣いていても、
目が合うと泣き止み、話をする機会が増えました。

しんや、大丈夫か?」
「ちょっとしんどいけど、大丈夫」
「待っとけよ。今すぐ楽にしちゃるけぇ」

しんや、目が覚めたか?」(たいてい夜中の2時ごろ)
「うん。CD聴きたい」
「ほいじゃぁ、かけようか」

今でも私がしんや君を大嫌いから大好きに変わった時期の写真が
彼のベッドの枕元に貼ってあります。

今の何倍もかわいい子どもの頃のしんや君です。
でも私は嫌いだったし、彼もそんな私のことが嫌いだったでしょう。

泣いてばかりだった、そんなしんや君は、
今では我慢強すぎるオトナの男に成長し、

しんやー、無理すんなー。
こんな時は泣いていいどー。
苦しすぎるのまで我慢するなー」と
言葉をかけると、

「大丈夫だから。ぼく、大丈夫だから……」と
本当は全然だいじょうぶじゃないのに、がんばりすぎてしまいます。

家族やスタッフ、自分の周りの人に迷惑をかけまいと
遠慮しすぎるしんや

「我慢しすぎてないか――っ?」が
今ではしんやへの挨拶になりました。

そのため、新しいスタッフがしんやのケアに入る時などには、
つい古株としては「我慢しすぎるしんや」のことを
念を入れて説明してしまうのですが、

5年ほど前、療育園に就職したばかりで
まだそのことを説明できていなかったY看護師(男性)が、
しんやはがんばりすぎるから、がんばらんでええんよー」と
私と同じ声かけをしているのを見た時には、感激してしまいました。

そのことをYさんに聞いてみると、
しんやとコミュニケーションをとろうとする中で伝わってくるものがあり、
そういうことを感じたのだといいます。

しんやのことを分かってくれる人がいること、
分かろうとしてくれる人がいることが
私は嬉しいのです。

今の担当はOさん。
きっと彼もしんやの期待にこたえてくれると信じています。