「もう十分に生きたから、これでお仕舞い」という「理性的自殺」も「死ぬ権利」

「completeする」といえば、
カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』の中で、
臓器庫クローンとして生まれてきた主人公たちが
何度かの臓器提供を経て、最後に心臓や肺など生きることに不可欠な臓器を提供して死ぬのが
「死ぬ」のではなく「completeする」と表現されていたことが鮮烈な記憶として残っているけれど、

「死の自己決定権」「死ぬ権利」の最先端に
今度はどうやら completed life という概念が出てきているらしい。

それは、
もう十分に生きた、だからここでお仕舞いにしよう、と
理詰めで考えて決める「理性的な自殺(rational suicide)」。

カナダの社会学者でゲイの活動家で
去年11月に友人2人に看取られて自殺したJohn Alan Lee氏(80)の
自殺前の1ヶ月間を追いかけたカナダCBCテレビの追跡番組。

5年前に心臓まひを起こしてから身体の不調が続き、
趣味だった庭仕事も思うようにできなくなって、
もう自分の人生は完結した(my life has complete)と考えるようになった。

すばらしい人生だった、と自分の生涯を振り返り
「あともう一度」と欲をこいていたらキリがないけど、
どこかで「もう十分生きた」と決めたっていいじゃないか、と。

このうえ体が弱って入院したり介護施設に入ったりすると
思うように自殺もさせてもらえなくなるから、
そうならないうちに念入りに計画したうえで、
自分で決めたとおりの日に決めたとおりの死に方をしたい、と考えた氏は、

自殺決行の1ヶ月前に自宅を売ってマンションに移り、
財産は自分で使い切って死ぬといい、
身辺の整理をしながら友人の一人ひとりとお別れの会食をし、
当日立ち会ってくれる友人と綿密な打ち合わせを重ねる。

息子には自分の決断について打ち明けたし、
息子は反対しているが、自分の人生も命も自分以外の誰のものでもない。

興味深いのは、この人はDying with Dignityの創設に関わった人で、
そのスタッフに自殺に付き添って欲しいと相談したのだけれど、
医師がそうした自殺も幇助して然りと考えている点で同意できないとして
協力を断られている点。

12月に自殺。
その方法は語られていない。

(同席予定の友人との会話で
デレック・ハンフリーの自殺指南書“Final Exit”を用意しておいたと言っているので、
その内容に従って(ヘリウムで?)自殺したのでは、と推測)

警察も検死官その他も、自殺だと判断したという。

若い頃から65歳を過ぎたら死にたいと息子には語っていたというが
実際に計画を始めたのは心臓まひを起こして後だった。
息子は反対だったが、最後には父親の意思は受け入れた。

息子が、父親の死後のインタビューで
「そういう死に方が息子にどういう影響を及ぼすかまでは考えてくれたと思うけど、
孫にどういう影響があるかまでは考えてくれなかった」と
語っているところが興味深い。

2人の娘におじいちゃんはどういう死に方をしたのかと問われて
「苦しまず穏やかな死だった」と答えるしかなかった、と。



このビデオの中で触れられていて「お」と思ったのは、
オランダ議会では最近、70歳以上の高齢者に病気の有無を問わず
安楽死を認める法案が審議された、という話。

前からこういう動きはあったから ↓
オランダで「70歳以上の高齢者には自殺幇助を」と学者・政治家ら(2010/2/10)



もともとは、もうどうしたって助けてあげることのできない終末期の患者さんに
どうしてもとってあげることのできない耐え難い苦痛があるなら、
せめて最後の最後の救済手段として……ということで始まったはずの
「死の自己決定権」「死ぬ権利」議論は、

繰り返されるにつれて少しずつ変質・変容を重ねて、

一方ではaid in dyingなどの新しい文言で
安楽死を緩和ケアに位置づけつつあり、

ついに、もう一方ではこうして
rational suicideなどの文言で、一定の年齢を超えた高齢者が
「もう自分は十分に生きたから、ここでお仕舞いにしたい」と
頭でしっかり考えた上で理性的に「自己決定」するなら、
それも「死ぬ権利」……というところにまで、
行き着いてしまおうとしている。