自殺幇助、賛否両方の立場が歩み寄れる中間点は「緩和ケアと本人が望む治療の保障」

この記事、著者2人の名前を見た瞬間にぶったまげた。

Arther Caplan と Wesley Smith!!

どちらも拙ブログでは
もう数え切れないほど発言を拾ってきたけれど、

Caplanはチョー有名で、
どちらかというと穏健な(最近は個人的にはちょっと?)生命倫理学者なれど、
死における選択を認める立場で自殺幇助合法化を支持。

片や、Wesley Smithは、合法化反対派最先鋒の論客。

言っていることは私から見ればしごくまっとうだと思うんだけれど、
C&Cなどの戦略に対して容赦ない非難を浴びせる言葉は
時に憤りに満ちて実に激しい。

この後もメモでは沢山拾っているけど、
エントリーで拾った最近のSmithの発言はこちら ↓
ネットで世界に広がる「死のコーチング」(2014/7/30)

この2人が共著でこんな論考を寄せるなんて、

それほど、
ブリタニー・メイナードさんの一件によって米国世論が
「自分で死ぬこと」の是非という、あらぬ方へと情緒的に一気に押し流されていく現状を
2人それぞれに深刻に憂慮しているのだと思う。

それは
2人が連名でこの文章を発表した、という事実だけで十分に感じられて、

こうした行動を選択できる学者や思想家がいる、ということに
ちょっと胸が熱くなった。

ウーレットは
『生命倫理学と障害学の対話-障害者を排除しない生命倫理へ』で、
対立しあう生命倫理学と障害学や障害者運動に対して
節度ある対話を呼びかけているわけだけれど、

そういう節度と誠意のある議論の態度を
カプランもスミスもこの問題で実践したんだなぁ、と思うと
ふくふくと嬉しくなってくる。

ところで、2人が共同で主張していることの要諦は、これ。

Rather than shout at each other, both sides of the assisted suicide divide should get enthusiastically behind this health care change: Allow the terminally ill to enter hospice care without having to give up life-extending or curative treatments.

互いに大声を出し合うよりも、自殺幇助の賛否どちら側も、終末期の病状にある人がホスピスに入っても延命措置も治療効果のある医療も諦めなくてもいいように、医療を変えることにもっと力を注ぐべき

(ゴチックはspitzibara)


現在の米国のメディケア制度では
ホスピスに入るためには、緩和医療の他の一切の治療を放棄しなければならず、

多くの人は
ホスピスに入って苦しみのない死を選ぶためには
全ての希望を棄てる選択をせざるを得ないので、

患者は「ホスピスか希望か」の2者択一の選択を迫られることとなっている。

著者2人は、
この選択を「残酷かつ不必要」と呼ぶ。

英国では、ホスピスに入っても患者が望めば
最後の望みの抗がん剤治療を受けることが出来る。
だから英国ではホスピス利用率が常に米国より高い。

ホスピス・ケアで楽になれば
ほとんどの患者は苦しい延命治療はいらないと望むものなのだが、

それでも
ホスピスでも)希望すれば延命治療も受けられると思えばこそ、
ホスピスを選びやすくなるのである。

一方、
メイナードさんの自殺予告に警鐘を鳴らしたホスピス専門医Ira Byock医師によれば、

米国では上記の「恐ろしい選択」の結果
ホスピス患者の3分の1はホスピスに入って1週間以内に死ぬため、
ホスピスで行われているのは「終末期医療」ではなく「臨死期医療」でしかない。



その後、CaplanとSmithの論考は以下のように結ばれている。

That needs to change. If we really care about death with dignity, we will stop making dying patients choose between hope and comfort when they can easily – and affordably – have both.

こんな状況は変わらなければならない。我々が本当に尊厳のある死を大切に考えるなら、死にゆく患者に希望か苦しみのない死かのいずれかを選択させるようなことをやめるべきである。死にゆく患者がその両方を選択することはたやすく、また医療費でまかなえる範囲で実現可能なのだから。

Whatever happens with the assisted suicide debate, the more attractive we make hospice to those in need, the more they and their families will benefit from this truly beneficent approach to caring for the dying.

自殺幇助をめぐる議論がどうなるかに関わらず、我々がホスピスを必要とする人々にとってホスピスをもっと魅力的なものにしていけばいくほど、死にゆく人をケアする真に有益な(ホスピスという)アプローチによって助けられる患者と家族は増えるだろう。

A middle ground on assisted suicide
Arther Caplan and Wesley J. Smith
delawareonline, November 6, 2014


これ、私もずっと
日本の尊厳死法制化議論について思ってきたことだ。

「何が何でも延命」か「いっさい何もせずにさっさと尊厳死」か
という無意味な二者択一の議論が描かれがちだけれど、

患者が望んでいるのは、そのどちらでもないし、

本当に議論すべき問題は
「どうせ○○という状態になったら、
何もせず、さっさと死なせてもらえる(もらう)」べきかどうか、ではなく、

「死を避けられないとしても、せめて死ぬまでを
過不足のない医療によって丁寧にケアするためには
終末期医療やケアはどうあるべきか」だということ。

たとえば、
『死の自己決定権のゆくえ―尊厳死・「無益な治療」論・臓器移植』(大月書店)で
以下のくだりで書いたように。

……「過剰な医療をされるくらいなら尊厳死や平穏死を」を言う人たちのほんとうの願いも……「どんな状態になっても最後まで痛くなく苦しくなく怖くない、丁寧で過不足のない医療を受けたい」、また「人として尊重され理解されて、細やかな介護を受けたい」ではないのか。……もしも「どんな状態になっても、最後まで痛くなく苦しくなく怖くなくする」、「たとえ訴える言葉を失っても、あなたの声なき声を聞こうと耳を傾け続ける」、「あなたに背を向けて無関心へと立ち去ることは絶対にしない」と約束してもらえるなら、その人たちは「生きられるだけ生きてみようか」と思えるのではないだろうか。

……本来議論されるべき問題は、「いかにして終末期医療を受けないで死ぬか(死なせるか)」ではなく、「いかにすれば個々の患者の個別性に応じて、終末期を苦しくないものにできるか」の丁寧な検証のはずだ。
(p. 178-9)


【18日追記】
某MLで、米国のホスピスは在宅も含めた「ポスピス・プログラム」であり、
ホスピスに入る」という表現は正確ではない、というご指摘をいただきました。

S先生、ありがとうございます。

私も知識としては知っていたのですが、
最近、親友がホスピス病棟で亡くなったばかりなので、
つい日本の印象に引きずられてしまいました。ここは訂正せず、追記にて。

詳細な情報もいただいたのですが、取り急ぎ、余裕がなく、以下にコピペ。

O'Connor NR, Hu R, Harris PS, Ache K, Casarett DJ. Hospice admissions for cancer in the final days of life: independent predictors and implications for quality measures. J Clin Oncol. 2014 Oct 1;32(28):3184-9. doi:
10.1200/JCO.2014.55.8817. Epub 2014 Aug 25. PubMed PMID: 25154824; PubMed Central
PMCID: PMC4171361.

A total of 64,264 patients with a primary diagnosis of cancer were admitted to the 12 participating hospices (Table 1). The majority of patients were male (n 􏰅 32,430; 50.5%), white (n 􏰅 55,769; 86.8%), single (n 􏰅 35,996; 56.0%), and age 65 years or older (n 􏰅 43,058; 67.0%). Most patients were admitted to hospice at home (n 􏰅 44,053; 68.6%), with the remainder in nursing home or inpatient hospice settings. Patients had a wide range of payers including commercial insurance (n 􏰅 28,467; 44.3%), Medicare (n 􏰅 26,644; 41.5%), Med- icaid (n 􏰅 5,340; 8.3%), and self-pay (n 􏰅 3,813; 5.9%).

Of the 64,264 patients in the sample, 10,460 (16.3%) had a hos- pice length of stay of 3 days or less.

この論文の一部抜粋です。

Site of care (n= 64,264)
Home (n 􏰅 44,053)
Nursing home or hospice residence (n 􏰅 5,526) Hospital or inpatient hospice unit (n 􏰅 14,685)


また、米国のホスピス・プログラムはナース主導で、
医療的介入は非常に少ない、

日本のホスピスでも、S先生のご体験では
平均在院日数 3週間、7日以内死亡 3割といった状況とのことです。