知的障害者に包括的な医療を提供、the Lee Specialty Clinic(米)

「知的障害のある人たちは、
良質な医療を受けることができず、困っています」

そう語るのは
ケンタッキー州ルイズビルのMatthew Holder医師(41)。

「知的障害のある人の親や介護者がクリニックや歯科医院で
『お宅の子どもさんを連れて、出て行ってください。
二度とこないでくださいよ』などと言われるのは
決して珍しいことではないのです」

と付け加えるのは、Henry Hood医師(61)。

Hood医師は、
知的障害者と家族の窮状を見かねて
2002年に知的障害者専門の歯科医院を開いた人物だ。

ケンタッキー州議会議員として知的障害者の施設を視察した際に
7割の入所者が歯をすべて失っていることにショックを受けたJimmie Lee議員が
ずっと支援してきた。

薬の副作用のためか、横になってすごす人が多いためか
知的障害者には胃食道逆流(GER)が多く、
逆流する胃酸が歯を溶かすのでは、とHood医師は考えている。

しかし知的障害者に必要なのは歯科医療だけではない。

Hood医師はLee議員と協力しながら、15年かけて
知的障害者に包括的に医療を提供するクリニックの立ち上げに向け、
計画を進めた。

Hood医師はHolder医師の継父。Holder医師が医学教育を終えてしばらくしてから誘い、
2人は昨年6月にルイズビルに the Lee Specialty Clinic(リー障害者クリニック)を開設。
共同院長として運営に当たっている。

Lee議員の尽力で
ケンタッキー州が建築費470万ドルを出し、
オープニングには州知事も駆けつけた。

今後2年間は2人の院長に運営が託される。

行動療法、PT、OT、STのほか、
医療、歯科医療、精神科医療を提供する。

クリニックのスタッフは全員、
知的障害者のケア体験と専門知識の持ち主だ。

家族と各種専門職が集まって相談しながら、
その人に合った医療計画を立てる。

現在、患者数は500人。
これから増えていく予定だ。

また同クリニックでは医師、歯科医師への研修も行う。

NYTのビデオと記事の中心は33歳のKrey Kramerさんと
離婚以来、彼を女手ひとつで育て、ケアしてきた母親のMimiさん。

KreyさんのPT予約がある日、
クリニックのセラピストが2人、
車イスのまま乗り込める車で自宅まで迎えに来る。

セラピストの一人は
Kreyさんが不穏になった時になだめるためのクッキーをもっている。

母親のMimiさんは
診てくれる医師を見つけることがそもそも難しいのだ、と
Lee Specialty Clinicにたどり着くまでの体験を語る。

なんとか専門医を探して診てもらいたいと、
電話帳に掲っているクリニックに片っ端から電話をしたけれど、
障害があることを告げたとたんに「新規のメディケア患者はとりません」と
拒否されてしまった。

それは“待合室症候群”だ、とHood医師は言う。
「これは医師がかかる症候群です」

知的障害者が待合室にいると他の患者に迷惑がかかると
思い込んでしまう。

「多くのケースで、知的障害のある人に背を向けているのは医療職なのです」
Holder医師。

「我々は何世代もの医師、歯科医師を教育し育ててきましたが、
その教育の中に知的障害のある人々のケアは含まれてきませんでした」

NYTのビデオでは、
広々とした自然採光のクリニックの待合室(クッションは洗濯可能なもの)で
成人した息子に付き添う夫婦が、これまでの体験を語る。

「普通の医師のところにはつれていけないんです。
普通の医師は自閉症を知りませんから」

息子は複合的な障害があり、自分でコミュニケートできない。
自傷行為もあるので、病気の症状があるための行動だということが理解されず、
耳の痛みで頭をたたいていたのに、カリフラワー耳の発見が遅れた。

Holder医師が解説する。

「問題行動を障害のせいだと捉えるために、
病気の症状が原因となっている可能性を見すごしたまま、
薬で行動に対処してしまうんです。

でも、彼らは言葉で伝えることが難しいので、
頭や顔をたたくなどは痛みのあるところをたたいている、
その行動が、彼らの私たちへのコミュニケーションの方法なのに」

Kreyさんも数年前に自分で吐くようになり、
医師は「たちくらみ」のせいでやっていると言ったが、
実際には出血するほどの潰瘍と食道裂孔ヘルニアが原因だった。


On a more granular level, Dr. Hood and Dr. Holder knew that most doctors are never exposed to patients with intellectual disability, and that government health care benefits for these patients are often reduced after they become adults. The doctors were also aware of a tendency toward “diagnostic overshadowing”; that is, attributing a behavior ― repeatedly slapping oneself on the side of the head, for example ― to intellectual disability, rather than searching for a root cause.


Hood医師、Holder医師が指摘する問題点は
・殆どの医師は知的障害のある患者と接触したことがない。
・米政府の医療給付は障害者が成人すると減額されることが多い。
・障害への偏見の診断への影響


NYTのビデオで、
Kreyさんはセラピー・ルームに到着すると、
何人ものセラピストによって車イスからセラピーマットに下ろされて、

まずは自傷行為で噛み傷だらけになった手の治療を受けるが、
最初は大声を出して抵抗している。

セラピストたちが声かけをし、
クッキーを食べさせ、水を飲ませ、
励まし、バナナを食べさせ、しながら、
スピーチセラピストがコミュニケーションの向上を図る。

バナナを食べるか問われた時には音声で答えることもできた。
水の入ったボトルに手を伸ばして意思表示もした。
今日はしっかり眼のコンタクトも取れた。

額をトントンしているのは頭が痛いのかもしれない。

このあたりのことはHolder医師が、
ちょっと離れて見ているMimiのところへ行き、
日ごろからKreyさんがこうした動作をするかどうか、
それは痛みがある時が多いのか、など、
母親の介護者としての観察を聞いている。

Holder医師は現在、
The American Academy of Developmental Medicine and Dentistryの会長。
スペシャル・オリンピックのグローバル医療顧問でもある。

発達医療という新たな領域のリーダーとして、活躍する。

最近では、
知的障害のある人への医療の不備に
公衆衛生長官や、米国医師会、歯科医師会が言及するところまでこぎつけた。

しかし、我が子が自分よりも先に逝ってほしいという悲しい親たちの願いを
何度も耳にしてきたHolder医師は言う。

「我々はこのクリニックで医療の問題は解決します。
でも親にとっては、医療は生活(人生)のほんの一部に過ぎないのです」

The Challenging Patients
NYT, December 31. 2014



特に印象的だったのは、
医療は人生や生活の中のほんの一部だということへのHolder医師の理解。

それから母親(介護者)の体験知を尊重する姿勢 ↓
ケアラーの「体験知」、病院スタッフは尊重を(2014/7/4)


英国では、知的障害者支援チャリティのメンキャップが
知的障害者への医療差別解消キャンペーンを行っている。