「認知症の人にも事前指示書でVSEDを」続報

認知症の人に事前指示書でVSED自殺を認めるかどうかの論争については、
1月に以下のエントリーで拾いましたが、


その後、この論争どんどん過熱してきている模様。

おりしも直前エントリーで取り上げたように、
NPRのトークショーの著名ホストがC&Cの新たなインパクトのある広告塔となり、
夫がVSEDで亡くなった体験を語りながら「死ぬ権利」を熱心に説き始めたこともあってか、

そのNPRに
「もしあなたが認知症なら、あなたの望む通りに死を早めることができるでしょうか?」
と題したRobin Marantz Henigという人の論考がVSEDを扱っている。



冒頭から、
文章の剥き出しなトーンと書かれている内容とに、ちょっとすくみそうになる。

If you make a choice to hasten your own death, it can actually be pretty simple: Don't eat or drink for a week. But if you have Alzheimer's disease, acting on even that straightforward choice can become ethically and legally fraught.

もしあなたが自分の死を早めるという選択をするなら、それは実は案外に簡単なことだったりする。つまり、一週間ほど食べず飲まずにいればよい。しかし、あなたがアルツハイマー病だったら、たったそれだけの簡単な選択肢を行動に移すことは倫理的にも法的にもややこしい問題となる。

Choosing an endgame is all but impossible if you're headed toward dementia and you wait too long.

まだ認知症の症状がさほどでもないなら、そこで終わりにするなんて、ほとんど不可能だから、結局は先延ばししすぎて実行できなくなってしまうのだ。

Say you issue instructions, while still competent, to stop eating and drinking when you reach the point beyond which you wouldn't want to live. Once you reach that point ― when you can't recognize your children, say, or when you need diapers, or can't feed yourself, or whatever your own personal definition of intolerable might be ― it might already be too late; you are no longer on your own.

例えば、こうなったらそれ以上は生きていたくないという段階に達したら飲食を停止したいと、まだ意思決定能力がある間に指示を残しておくとしよう。でも、あなたがその段階――例えば我が子を認識できないとか、オムツが必要になる、自分で食べられなくなる、あるいはあなたにとって耐え難いことが何であれ、そういう段階――に達した時には、もう遅いのである。あなたは既に自立生活ができていないのだから。


だから、軽症の時に指示したVSEDを実行に移すためには
誰かにあなたの飲食を実際に停止してもらうか、
あなたが空腹や渇きを感じるたびに「いや、あなたはこんな状態では生きたくないから
飲まない食べないと決めたんですよ」と思い出させてもらわなければならず、

その時のあなたが身を置いているケアホームの職員だって介護職だって、
法的責任を問われることを恐れてやってはくれないから、

結局は裁判に訴えることになって、
カナダBC州のMargaret Bentley事件のようなことになる ↓
ホームで口から食べている認知症の女性の「死ぬ権利」論争(加)(2014/10/28)


で、この記事にもC&CがVSEDを推奨していることについて言及があり、
その箇所が非常に興味深い。

Death brought about by the cessation of eating and drinking might sound scary in prospect, but it's said to be relatively painless if done correctly. Most of the discomfort associated with it, according to a pamphlet issued by the advocacy group Compassion & Choices, comes from trying to do it in increments. Even a tiny amount of food or water "triggers cramps as the body craves more fuel," the group writes. "Eliminating all food and fluid actually prevents this from happening."

飲食を停止することで死がもたらされることは、先に起ることを想像すると恐ろしいことのように聞こえるかもしれないが、正しい方法でやれば比較的苦痛は少ないといわれている。アドボケイト団体のC&Cが発行している冊子によれば、VSEDで起る不快の大半は、少しずつ減らしていこうとすることから起る。ほんのわずかの食べ物や飲み物でも、「身体がもっとエネルギー源を取り込もうとして、腹痛が起きてしまうのです」とC&Cは書いている。「一切の食べ物と水分を断ってしまうことで、これが起らないようにすることができます」。


同様に、ドライマウスが辛くても水分で潤すことは止めて、
リップクリームと口腔スプレーで対応するように、と
C&Cのアドバイスが紹介されている。

Hastings Centers Reportの最近号にも、
この論争を扱った論文があるとのこと。

Mrs.Fという架空の75歳の女性のケースをめぐる複数の倫理学者の議論。

(ウーレットの『生命倫理学と障害学の対話』でも一箇所それがあるんだけど、
認知症の高齢者」を死なせる話題の際には、なぜか女性にされるって、なぜ?)

Fさんは夫と子どもが分からなくなってきた段階で自分の意思で飲食を断つのだけれど、
認知症のため、それを忘れては食べ物を要求する。
家族はそのたびに食べないことにしたでしょ、と思い出させるんだけど、
家族も介護職もそれでいいのか、と困惑してしまう。

果たして意思決定したときのFさんの意思を尊重するべきなのか、
それとも現在の食べたがっているFさんの意思を尊重するべきなのか。

生命倫理学者Timothy W. Kirkのコメンタリーは、

Fさんの夫は、どう見ても善意によって、妻が以前に表明した希望を尊重しようとしていた。しかし、現在の彼女の望みと相反する方法でそれをすることは、彼女の自律の尊重とは異なるものである。


つまり、Kirkの結論は、
以前より単純なアイデンティティを持つ現在の新たなFさんが
食べ物をほしがるなら、与えてあげるべきである。

その後で、この記事が書いているのは以下。

このようなややこしい道徳的論議に結論を出すことがどんなに難しかろうと、はっきりしていることが一つある。それは、国民が高齢化し、高齢期に認知症になる人が増加するにつれて、こうした論議は繰り返し登場してくるということだ。



どど~ん……と、気が重くなってしまったのは、
この記事についている多数のコメントの大半が、
「どうせ認知症になるくらいなら死んだ方がマシだって誰だって思うに決まってるんだから、
ボケた後の自分が食べようとしたって、そんなのただの反射なんだし、無視して、
餓死させてあげるのが親切」という主張と思えること。

そして、それらコメントを見ていると、この記事の末尾にあるように、
これからもこの論議は繰り返されて、そのたびに、この、
本当は「主張」とも言えない、ただの「どうせ」という「偏見」が「世論」として共有されていって、
そして、いつのまにか認知症の人が食べたがっていても
事前指示書があれば餓死させよう、ということにされていくんだろうな、

そのうちには事前指示書なんかなくても
みんなでそのように「本人の利益をおもんぱかって」そういうことにしていくのかな、と

どうしても考えてしまうこと。


そういえば、既にこういう声も出てきているんだった ↓
認知症リスクの高い人が「先制的自殺」をする自己決定権を尊重せよ、と米の生命倫理学者(2015/1/28)


20日追記】
レナードの朝』『妻を帽子と間違えた男』などの著作で有名なオリバー・サックス医師が
自身が末期がんであると知り、今の心境をNTYに寄稿しているのだけれど、
最後の下りで、死の恐怖がないわけではないが、基本的にこれまでの生への感謝に満ちていると書かれ、

そして、それに続く締めくくりの一文が以下。がが~ん。

Above all, I have been a sentient being, a thinking animal, on this beautiful planet, and that in itself has been an enormous privilege and adventure.




【2016年9月26日追記】
オレゴンの裁判所、認知症患者Margot BentlyさんのVSEDを認めず。
http://medicalfutility.blogspot.jp/2016/09/oregon-court-denies-right-to-advance.html