「介護保険情報」連載 第86回: モラルと信頼性を失っていく製薬会社-米国

介護保険情報」連載 第86回



モラルと信頼性を失っていく製薬会社-米国

ノバルティス社のドル箱降圧剤、バルサルタンを巡る臨床研究論文のデータねつ造問題がメディアをにぎわしている。これでは日本の医学研究の信頼性が失われると危惧する声もあるけれど、米国の巨大製薬会社の不正スキャンダルの数々を考えると、バルサルタン事件はむしろ「国際スタンダード」の反映なのかもしれない。

グラスリー上院議員を中心とする米国上院財務委員会の製薬会社への大規模調査と、精神科薬を巡る研究者と製薬会社の癒着スキャンダルについては、2010年6月号の当欄で紹介した。財務委員会の調査は「治験データの操作、それらの薬を推奨してきた著名研究者らへの巨額の顧問料、関連学会への活動費の提供、製薬会社が雇ったゴーストライターによる論文代筆……といった驚くべき癒着の実態」を次々に暴き、それが製薬会社から医師への金銭支払いの情報公開を義務付けるサンシャイン・アクト(2010)の制定に繋がった。しかし、相次いで明らかになった不正に見られる人命軽視は、ただ事ではない。

例えば、グラクソ・スミス・クライン社は昨年、抗うつ薬パキシルと糖尿病薬アバンディアの臨床実験データ隠ぺいと違法な販促活動で製造物責任を問われ、米国の医療不正事件で史上最大規模の30億ドルという罰金を支払っている。パキシル・スキャンダルとは、臨床実験で自殺念慮の副作用があることや小児には効かないことを掴んでいながらデータを隠ぺいし、ゴーストライターに書かせて有名研究者らの名を連ねた論文でFDAの認可を受けて、販売。副作用により子どもを含む自殺者が相次ぐ事態を招いた、というもの。

一方、アバンディアが他の糖尿病治療薬よりも優れていたとの臨床実験の報告論文がニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスンに掲載されたのは上記パキシル論文の5年後の2006年。しかしそれはグラクソの資金による実験だっただけでなく、著者11人のうち4人は同社株を有する社員。残り7人全員が同社から助成金や顧問料をもらう学者だった。そして、その論文では、血栓症リスクが30%上がるとのデータが隠ぺいされた。

論文への疑義を指摘する声に対し、グラクソは金銭関係のある学者と自社社員に論文を書かせて抵抗したため、10年9月に市場から回収されるまでの4年間にFDAの試算で8300人が心臓発作を起こし、死者まで出た。

一連の報道から、ここ数年で巨大製薬会社が米国政府に支払った罰金・和解金の金額と、その理由を挙げてみると次のとおりである。

●イーライ・リリー(2009年1月:14億2000万ドル)向精神薬ジプレキサを適用外である高齢者の認知症治療薬として販促。また法をないがしろにするような研修を販売員に行った。

ファイザー(2009年9月:23億ドル)鎮痛剤ベクストラをFDAが危険と判断した高容量で販売するなど、複数の薬を巡る違法な販促行為。

●アストラ・ゼネカ(2010年4月:5億2000万ドル)向精神薬セロクエルの、攻撃性、不眠、不安やうつなど適用外の症状への違法な販促行為。

●メルク(2011年11月:9億5000万ドル)鎮痛剤ヴィオックスをリューマチで認可される前から治療薬として違法に販促。心筋梗塞リスクが判明して市場から引き上げられた。売り上げのために心臓病リスクについて説明を偽った疑い。ちなみに、メルク社はこのスキャンダルで損害を被ったと株主からも訴えられて、今年2月に6億8800万ドルで和解している。

アボット(2012年5月:15億ドル)向精神薬デパコートの販売チームを作り、高齢者施設をターゲットに、問題行動抑制目的でマーケティングを行った。

アバンディア事件を詳細に報道したワシントン・ポストの記事(昨年11月25日)によれば、米国の臨床実験資金はすでに半分が製薬会社から出ており、それにつれて実験の場そのものが非営利の研究機関から臨床実験を請負う民間の営利企業へと移行しているという。ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスンの編集長までが、もはや論文のディスクロージャーでは製薬会社のバイアスを見抜くことは不可能、医学研究の信頼性そのものが危うい、と嘆息する事態だ。

医学研究の熾烈な国際競争の舞台裏で起きている、こうしたモラルの崩壊には唖然とするが、さらに製薬会社がこうして開発研究や販促に、罰金や和解金にと投入する莫大な資金は、みんな巡り巡って消費者につけ回されていくことを考えると、医療による経済活性化の掛け声も、その一方から聞こえてくる医療費亡国論も、互いに相矛盾するようで空々しい。保健医療は、もはや政治経済の問題でしかなくなってしまったのだろうか。



『世界の介護と医療の情報を読む』第86回
介護保険情報』2013年8月号