ハッサン・ラスーリさん、転院へ

前のブログから追いかけてきたカナダのラスーリ訴訟の続報。



これまでの流れを、ごくざっくりまとめておくと、

ハッサン・ラスーリさん(61)はイランからの合法移民。

脳の良性腫瘍の手術を受け、術後に細菌性の髄膜炎から植物状態と診断された。
病院側は生命維持を中止すると家族に通告したが、
イランで医師として働いていた妻は最小意識状態の誤診だと主張、
宗教上の信念からも治療続行を求めて提訴した。

裁判は長引き、その間にハッサンさんの診断は
実際に植物状態から最小意識状態に変った。

下級裁では治療の中止も治療の一環である以上、
中止にも同意が必要との判断が下され、

今度は医師らの側が
最小意識状態であっても回復は無いとして
専門職の判断のインテグリティを訴え、生命維持の中止を求めて上訴。

昨年10月、カナダ最高裁が医師らの上訴を棄却した。

オンタリオ州には医療同意法があり
医療サイドと患者サイドの係争は同意・同意能力委員会に図ることとされており、
同法の解釈からすれば下級裁の判断と同じく、
治療中止も同意を必要とする治療である、との判断が出たもの。


そのハッサンさんが、近くサニーブルック病院から
トロントのWest Park病院に転院できる見通しとのこと。

生命維持を中止させろと(それは本人と家族にとっては「死ね」と言われているに等しい)
言い続けている病院に3年間も世話になってきたことは、
ハッサンさんにとっても家族にとっても
どんなに辛い体験だったろう。

West Parkには人工呼吸器使用の患者用ベッドが40床あり、
ハッサンさんは1年前から待機リストに名前を連ねていたとのこと。

転院後は
月額1700ドル程度の自己負担額が発生し、
それが家族には不安の種となっているが、
支払い能力が無い場合には軽減措置もあるらしい。

またサニーブルックの重症者病棟(集中治療のこと?)よりも
多くのリハビリも受けられる。

とはいえ、トロント・スターのこの記事の後半では、

サニーブルック側から、
この3年間ハッサンさんが重症患者用のベッドをふさぎ、
その医療費が350万ドルに及んでいること、
医師らは相変わらずハッサンさんには回復の見込みは無いと言っていること
などの情報が出てきており、

人工呼吸器使用で経管栄養の重症慢性患者が急性期の重症者ベッドをふさいでいるために
外科手術の予定が入れられないケースもあることなど、

後半は、
いわゆる「ベッドふさぎ」問題の実態を報じる記事となっており、

重症者ケアと人工呼吸器使用者のケアの両方のニーズがあることが
医療制度に「負荷をかけている」問題として論じられている。




McMath訴訟についてのテレビでの以下のインタビューで
生命倫理学者アーサー・カプランが、


突然の子どもの死に悲しむ両親のために
しばらくの間、生命維持を続行してあげようという判断はありえないのか、と
キャスターが問うたのに対して、

この問題の本質は医療サイドと家族との間の不信だと
鋭いところを突きながらも、

だから、その不信を解く努力をしよう
という方向に話を持っていくのではなく、

むしろ、その逆に、

医師がその人の脳が甚だしく不可逆的に損傷されていると診断したら、
それはその人は死んだということであり、

そういう死者へのケアで医療資源を使えば、
そのベッドや医療サービスを利用すれば、まだ回復できるはずの患者が
それらの資源を使えなくなるのだ、と主張していることと、

上記トロント・スターの記事の書き方が重なって感じられた。


この人への医療費はこれこれこれだけかかっているんだぞ、
金額をあからさまに並べて示されては
暗に「医療資源を無駄遣いするな」と責められる患者や病気、障害像と、

どれだけの費用がかかっているかが一切言われることのないまま
「命を救う」ことの価値ばかりが強調される医療の領域とが
実はくっきりと分かれているような気もするのだけれど。