こばと学園のガラス

先々週、
愛知県心身障害者コロニー こばと学園(重症心身障害児者施設)にお邪魔して、
6月に引越しを終えられたばかりの、ぴかぴかの施設を見学させてもらいました。

いよいよ「いざ、見学へ」という時に、
麻生園長が「実は、見てほしいガラスがあるんだけど、
spitzibaraさんにはボロカスに言われるかもしれないなぁ……」

「へ? ガラス、ですか? 一体なんだろう」と
いぶかしく思いつつ、さまざまに工夫された施設内を見せてもらっていたら、

そのうち出てきたのは、入所の皆さんの居室の「ガラス」。

上記リンクの中にある「4人床(居室)」の写真に写っている
居室と廊下を仕切っている大きなガラスです。

というか、キモは、
そのガラスの「模様」、というか「柄」、というか、「仕掛け」というか。

通常、病院だと廊下と居室の間は壁になっていますが、
重い障害のある人たちの施設では、素通しのガラスになっているのが通例です。

重症児者施設では、医療的配慮が必要な人が多く観察が重要になるため、
廊下を行き来するスタッフから居室内の人の姿が一目瞭然となるように
素通しのガラスが入っていて、

オムツ交換の際など必要に応じてカーテンで目隠しする、
というところが多いように思います。

こばと学園では、
ここのガラスが、下半分が白くて、
上に行くほど薄くなるグラデーションになっていました。

「これが園長先生の言っておられたガラスですかぁ?」
思慮の足りないspitzibaraは、意味が分からず、ちょっと拍子抜け。

ところが、岡田清美看護保育部長に促されて、
ガラスに近づいてみると……

え? 

あ~ら不思議。

素通しのガラスと同じように中の様子がはっきり見えるのです。

よく見ると、グラデーションは、
非常に細かい白いドットでできていました。

下の方はドットの密度が濃く、
だんだんと上に行くにつれて密度が薄くなっているので、

離れたところから見ると白く曇って中の様子は見えないけど、
ガラスに目を近づけると素通しのガラスと同じように見える!

なにこれ? おもしろ~い!
ちょっとしたマジックミラーみたい。

しかも、岡田部長のお話では、
特別なガラスを入れてあるわけではなくて、
割れた時の飛散防止のために貼らなければならないシートの中に、
そういうデザインがあったので、
それを採用しただけだと言われるではありませんか。

つまり、安価にできる工夫ってことですよね。

思わず、口をついて出たのは、
「園長先生、これ、全国の重症児者施設に流行らせてください!」

岡田部長のお話では、
設計段階では素通しのガラスが入ることになっていたのだけれど、
そこで事務職の方から「プライバシーの問題を考えた時に、
中の人が廊下から丸見えになるのはよくない」という意見が出たのだそうです。

しかし、医療サイドとしては、利用者の健康管理のための観察は重要で、
壁で仕切ってしまうわけにはいかない。

そこで、
愛知県コロニーの安藤久實総長が間をとりもってくださったこともあって、
妥協できる点はどこか、粘り強く話し合いを続けた、と岡田部長は言われます。

そうこうするうちに、飛散防止シートのデザインのなかに
このグラデーションを見つけて、これが妥協点となった、と。

ふ~むぅぅ。

「プライバシーの観点から素通しのガラスはよくないのでは」と
気づかれた事務職の問題意識が、まず、すばらしい、と思う。

そして、それを医療職である幹部スタッフに向けて、
堂々と主張してくださった勇気に、親として胸が熱くなる。

なにしろ、そういう場合、私の経験則では、
重症児者施設の幹部医療職は概して
非医療職(親を含む)のいうことに素直に耳を貸さない。

相手の言っていることを丁寧に聞いて、まず理解してみようとか
チームとして対等にみんなで話し合おうとする前に
「安全と健康のため」を水戸黄門の印籠のように振りかざし、
「安全と健康のためには仕方がないのです」と非医療職(親を含む)の声を
医療の権威で封じ込み、ねじ伏せる。

なので、
主張してくださった事務職の方の勇気に、まずは感激するのだけれど、

その提言を受けて、
「じゃあ壁に、と言う訳にいかない看護サイドの事情もあるから、
粘り強く何度も何度も話し合いを重ねて妥協点を探った」と言われる
岡田部長の柔軟さが、これまた、何よりすごい、と思う。

もしも、プライバシー配慮の提言が
ありがちなように「安全と健康のためには仕方がないのよ」と一蹴されていたら、
妥協点を探る話し合いのプロセスもなく、そのプロセスがなかったら、
飛散防止フィルムの中のこのデザインに目を留めて提案する人もいなかっただろう。

そうして、
新しく建った、こばと学園の居室と廊下の間は
多くの施設と同じく素通しのガラスになっていたことだろう。

私は麻生園長に
「先生、このガラス、全国の重症児者施設に流行らせてください」とお願いしたけれど、

流行らせてほしいのは、ガラスだけじゃなくて、
ガラスをめぐって、こばと学園で機能した「多職種協働チーム」であり、

幹部医療職の柔軟な姿勢の方だなぁ……。