「革新的な研究デザイン」に「クリエイティブな解決」を助言する「倫理部隊」、35人の生命倫理学者有志で始動

10月28日のメモで取り上げた
Wilfondらの倫理コンサルテーション・サービスに関する
Nature の記事を読んでみた。

シアトル子ども病院トルゥーマン・カッツ小児科生命倫理センター、ディレクターの
Benjamin Wilfondが中心となり、35人の生命倫理学者が立ち上げたのは
The Clinical Research Ethics Consultation Collaborative.

そこで何が目指されているのか、
この記事からいくつかの表現を拾ってみると、

a ‘one-stop shop’ for advice on thorny research issues
研究のややこしい問題に「ワン・ストップ」アドバイス

because they do not from part of the regulatory process, they can weigh in on a wider range of issues – from mundane matters of informed consent and study protocol to controversial topics such as the use of experimental Ebola treatment- and offer more creative solutions.

規制プロセスの外にある相談機関なので、インフォームド・コンセントや研究プロトコルといった、ありふれた問題から実験的なエボラ熱治療の使用といった物議を呼ぶ話題まで、広範な問題に対応できるし、よりクリエイティブな解決方法を提示することが出来る。


米国では
例えばタスキギ梅毒実験など被験者の人権侵害が明るみに出たことを機に、
ヒトを対象とする医学研究の倫理問題を監督する仕組みとして
IRB(組織内審査委員会)の承認が研究の実施には必要とされており、

一方、1996年にNIHはThe NIH Clinical Centerで
研究倫理コンサルテーション・サービスを開始。

こちらは

provide guidance throughout a study – not just at the point of regulatory review and do so in a non-confrontational advice-giving capacity.

ただ規制するためのチェック時のみでなく研究プロセスを通じて、対立的でなくアドバイスする立場でガイダンスを提供する

an open space for talking about research ethics in a way that is not driven by the regulatory environment.

規制し規制されるという環境に影響されないやりかたで、研究について話ができるオープンな空間


さらにNIHはこうした相談を推進して
薬の開発研究などを進めるために2006年に賞を創設したことから、
研究倫理コンサルテーション・サービスは広がりを見せ、

2010年の調査では
30のアカデミックな機関に設けられている。

が、今年に入ってNIHは
倫理コンサルテーション・サービスを支援しベストプラクティスを開発する
ワーキンググループの予算を引き上げた。

そこで

(the 35 bioethicists) hope to keep improving the consultation service model, even without NIH support.

(35人の生命倫理学者は) NIHの(予算的)支援を得られないとしても、倫理コンサルテーション・サービスのモデルを改良し続けていきたいと考えている。


しかし、もちろん、規制機関としてIRBがあるのに、
なんでまた余計な人間を? という声はある。

Norman Fostは、そういうことなら、
むしろ倫理委員会をIRBの中に組み込めばいいじゃないか、と言っている。

が、Wilfondらは、
中に組み込まれるのではなく、IRBを補完するのだ、という。

そこのところで、とても興味深いことが言われている。

For innovative research designs, you need some independent person to say, ‘Well, let’s step back and think about this not just from the standpoint of do the regulations permit it, but does it fulfill the spirit of what people want done with the public research enterprise?“

革新的な研究デザインでは、誰か、「ちょっとここで改めて考えてみましょう。規制上、これは認められるか、という視点から考えるのではなく、公的な研究事業に人々がなにをしてほしいと望んでいるか、その精神をこれが満たしているかどうか、という視点から考えてみましょう」と言う中立の人が必要なのです。

(ゴチックはspitzibara)


このあたりがたぶんホンネなんだろうな、と
私は推測するのだけれど、

それはともかく、
この記事の中に取り上げられている事例をざっと挙げていくと、

① 若年妊婦さんへの教育プログラムの効果を検証する研究に
妊娠中の15歳の娘を両親が参加させようとしたのだけれど、
おなかの子どもの父親は24歳であるため、
この事実が公になると父親の方は
未成年と性交渉を持ったとして犯罪者となってしまう。

父親は子育てもやるといっていて、2人は良好な関係にあるのに
研究者らは事実を知った以上は犯罪を通報しなければならなくなる。
さて、このジレンマをどう解決すべきか?

倫理コンサルテーション・サービスのアドバイスは「通報しなさい」だった。

研究者らは通報。
少女とおなかの子どもの父親は研究者と連絡を断ったので、
その後ふたりがどうなったのかは分からない。

(この15歳を研究に参加させないことにして、
研究者もこの一家に出会わなかったことにするのが、
一番みんなのためになる解決だったんでは、と私は思うのですが)

ワシントン大学のグローバル・ヘルスの研究者が
2003年の米国主導のイラクへの軍事介入での死者数の調査を計画。

ところがICをとるためには
研究の説明書に調査の実施者として同大の名前を入れなければならず、
米国の機関による調査と分かれば協力者が得られない恐れがあった。

大学名は被験者を守る目的であるICに不可欠な要素であり、
入れる必要があるとIRBは主張したが、

相談を受けたWilfondは、「入れないことが倫理的である」と結論付けた。

理由は
a. 参加者は大学名の入った書類に署名することでもリスクに晒される。
b. 米国とのつながり以外には、参加者へのリスクは最小である。
c. 大学名を削除しない限り研究が実施できない。

(この3つの理由から、大学名削除が「倫理的」だとする
論理的な繋がりが、私にはよく分かりません。
この方法では調査を実施できないなら他の方法を考えてみるべきなんでは?)


もちろん製薬会社がらみの事例もある。

③ いわゆる新型出生前遺伝子検査の販売と販促について
新規立ち上げ企業が相談。

その結果、ICの手続きの改訂と
消費者直結でこうした検査を販売することへの規制強化を訴える
論文が書かれることになった。

④ シアトル子ども病院のCF(嚢胞線維症)センターが
いくつかの研究結果から収集していたデータの中に
研究としてでなければガイドライン違反となって実施を認められていない
検査データがあり、その結果を患者の定型的な臨床ケアに取り入れてもいいものか、
研究者らがWilfondらのコンサルテーションに相談。
複数の生命倫理学者が電話で会議に参加した。その間、1時間。

その結果、
研究者はその1時間を educational (学ぶところが多かった)といい、

has since implemented a new policy for his research programme, although he declined to discuss specifics.

その後、その研究プログラムには新たな方針を定めた。もっとも、その詳細を語ることは拒否したけれど。


で、この記事のタイトルは the Ethics Squad(倫理部隊)。

これはウーレットの著書の中に出てきていた
レーガン大統領が作ったBaby Doe Squadを連想させられる。

障害新生児への「差別」排除のため、何が何でも救命・延命させるために
通報によっていつでもどこでも駆けつける監視部隊。

だから、タイトルや、①と③の事例の選び方、提示の仕方からは
IRBが見逃してしまうような倫理問題にも厳しく目を光らせる監視部隊」という印象が
一見するとあるのだけれど、

事例②と④と、その解決方法から推測するに、これはやっぱり
「革新的な研究デザイン」にIC要件などの規制を回避したり、かいくぐるための
方便としての理論武装のコンサルテーション・サービスなんでは?


Human-subjects research: The ethics squad
Bioethicists are setting up consultancies for research – but some scientists question whether they are needed.
Elie Dolgin, Nature, October 21, 2014


それにしても、気持ち悪いのは
もともとシアトル子ども病院がアシュリー事件の舞台だし、
その倫理的な正当化の役割を担い続けたのも「成長抑制WG」を組織したのも
トルゥーマン・カッツ小児生命倫理センターだし、
WGの座長がWilfondだし、

ずっとDiekema医師と並んで父親と一緒になって
「アシュリー療法」を擁護・推進しているNorman Fostばかりか、

「アシュリー療法」論争でSavulescuと一緒に
成長抑制の擁護論文を書いたMark Sheehanまでが
一体どんな必然性かがあるのかよく分からない文脈で、
この記事で、ちょろっと顔を出している。