「名優の自殺と『死ぬ権利』のダブルスタンダード」

先月号の『介護保険情報』の連載「世界の介護と医療の情報を読む」で書いた
「VSED(自発的飲食停止)」と「理性的自殺」こそ、

「死ぬ権利」運動の最先端で起こっている「自殺の勧め」と「自殺への支援」なのですが、

ブリタニー・メイナードさんの死は「医師の幇助を受けた自殺」でありながら
それを「自殺」としてではなく敢えて「安楽死」として報じつつ
大騒ぎしている日本のメディアは(米国の主流メディアと同じく)、
絶対にこういうことは報道しないのだろうなぁ、と思う。


名優の自殺と「死ぬ権利」のダブルスタンダード

8月11日、米国の俳優、ロビン・ウィリアムズの自殺の一報は衝撃だった。様々な作品で名優の心温まる演技に親しんできたためか、私にもまるで身近な人が亡くなったかのようなショックがあった。オバマ大統領をはじめ、世界中から多くの著名人が追悼のコメントやメッセージを寄せたのも当然だったろう。その中には、論議を呼んだツイートもあった。アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーの公式ツイッターが流した追悼ツイートである。映画「アラジン」の中から、ランプから解放され自由になったランプの精、ジーニー(ロビン・ウィリアムズが吹き替えを担当)を主人公アラジンが抱きしめて祝福する感動的な場面に、アラジンの“Genie, you’re free.”というセリフが添えられていた。世界中に拡散され、6900万人が目にしたという。故人に向けた「苦しみから解放されて自由になったのですね」というメッセージとして、共感を呼んだのだろう。

これに懸念の声を上げたのが、米国自殺予防財団だった。模倣自殺を防ぐために、自殺を問題解決のための選択肢の一つとして提示しないことは、保健衛生における自殺の扱い方のスタンダードとなっている。WHOの自殺予防に関するメディア関係者へのガイドラインにも「自殺を……問題解決法の一つであるかのように扱わない」という項目がある。同財団の幹部は、アカデミーのツイートは「その一線を越えていないとしても、非常にきわどい」と疑問を呈した。

この問題をめぐる議論を読み、なんとも釈然としない思いになった。私の頭に浮かんだのは、最近あちこちで目にするVSED(Voluntarily Stopping Eating and Drinking 自発的飲食停止)である。このVSED、当欄では2009年4月号でFEN事件を取り上げた際に登場している。「死ぬ権利」アドボケイト、FENのボランティアたちがヘリウムによる自殺方法を助言したり実際に手を貸したとして、逮捕者4人を出した事件だ(その後、無罪)。当時のFENの公式サイトには「認知症に至ることが避けがたい病気の場合は」実行可能な心身の機能が残存しているうちに自発的に餓死する選択肢がある、と説く一節があった(事件報道後に削除)。

しばらく目にしなかったのは事件の余波で下火になっていたのか、私がたまたま遭遇しなかったのかは分からない。ところが最近また、自発的餓死によって自殺した人の家族が、その体験を美しく情緒的に語る記事や動画が目につくようになったなぁ、と思っていたところ、別の「死ぬ権利」アドボケイトのCompassion & Choiceが「穏やかな死を望むアメリカ中の人々を教育しエンパワするキャンペーン」をスタートしていた。

C&Cの公式サイトには次の記述がある。「穏やかに死ぬ一つの方法は誰でも利用可能で、合法的で安全で苦痛がなく、愛する人たちが同席する自宅で穏やかに旅立つのに適しています。これが食べ物と水分を意図的に拒否すること、医学用語でVSEDと言われるものです」。続いてその「利点」が箇条書きにされ、「どこの州でも今のところ合法」「強い意思がないとできないので、衝動的な行動だとか誰かからそそのかされての行動だとの非難を免れる」「死ぬのに1~3週間かかるため、愛する人たちとゆっくりお別れができる」などとなっている。

VSEDを含め、「死ぬ権利」議論の最先端には「completed life(完結した人生)」「rational suicide(理性的な自殺)」という概念が登場しているようだ。5月にカナダのCBCテレビが放映した“Last Right: John Alan Lee’s Story(最後の権利:ジョン・アラン・リーの物語)”は、去年11月に友人2人に看取られて自殺した社会学者でゲイの活動家でもあったリー氏が、実行まで綿密に自殺の準備を進める1ヶ月間を追いかけたドキュメンタリーである。リー氏は、持病を抱えつつ自立生活を送っていたが、すでに十分に生きて人生を完結したので、自分で決めた日に決めた通りの死に方をしたいと「理性的な自殺」を選択したのだという。

これらは自殺を「当然の行為」のように扱い、「問題解決法の一つ」として模倣自殺を呼びかけるに等しい行為ではないか。高齢者や障害者が対象だからまかり通るなら、それは「自殺予防」のダブルスタンダードだろう。

全米退職者協会(AARP)は9月4日~6日にサンディエゴで開催した毎年恒例のエキスポ、“Life@ 50+”で、FENのブース展示を拒否した。AARPでは今年中に「死ぬ権利」グループへの対応ガイドラインを定める、という。

あからさまな「自殺する権利」推奨と化した「死ぬ権利」運動には、そろそろ歯止めが必要ではないだろうか。

連載「世界の介護と医療の情報を読む」第100回
介護保険情報』2014年10月号


FENもC&Cも、「別の団体」とはいえ、
元をたどれば、Hemlock Societyに行き着くようなのですが、

その辺りの両者の関係も含めて、こちらのエントリーに ↓
(このビデオ、前半はC&Cの活動、後半はFEN事件のドキュメンタリーです)
米TV番組“The Suicide Plan” FEN事件を詳細に(2012/11/15)


“Last Right: John Alan Lee’s Story(最後の権利:ジョン・アラン・リーの物語)”については ↓
「もう十分に生きたから、これでお仕舞い」という「理性的自殺」も「死ぬ権利」(2014/5/12)