「正しかった Iくん」

以下、海の担当の看護師Mさん(男性)からの連絡ノート。

Mさんは、絶妙に個性的なストーリー・テラーで、
いつも愉快なお便りで楽しませてくださるのだけど、
今回は「正しかった Iくん」というタイトルまでついた超大作。

「お便りノート」史上最高の傑作だった。

なお、「Iくん」とは、
前に療育園で働いていた若手の男性職員さん。
なんとも優しく穏やかな人柄で、みんなから”Iくん”と親しみを込めて呼ばれ、愛された。

中でも誰よりも深く露骨に彼を愛したのがウチの海だったのだけど、
Iくんは残念ながら2年前に同じ敷地内の別施設に異動になった。


「正しかった Iくん」

夕食時に、職員親睦会の連絡のため、
”Iくん”がやってきました。

そもそも夕食中、
海ちゃんが何やら興奮し、大きく声を上げ、
何かを訴えていることはわかったのですが、
それが何かがわからず、

「どうしたの、海ちゃん?」と問うと、
やはり目で何かを知らせようとしている。

間もなく、他のスタッフから「I君が来たからよ」と回答を得、
そのことを海ちゃんに尋ねると「はいそうです」とのこと。

それならと、
「Iくん、久しぶりに会えて、海ちゃん、よろこんどるよー」
「Iくん、ちょっとこっち来て、海ちゃんにあいさつくらいしていきんさいやー」
「Iくーーん、Iくーーん」と私。

しかし、Iくんは聞こえぬふり。

ここで私の「いらんことしー魂」に火がつき、
(「いらんことしー」とは広島弁で「余計なことをしたがる人」の意)

職場の先輩パワハラで、Iくんに

「海ちゃん、せっかく会えてよろこんどるんじゃけー、
ちょっと声くらいかけてってーや」

すると、Iくん
「いや、僕が行くと、海ちゃん、泣くんですよー」とのこと。

「いやいや、そうはいっても、今回は泣かないかもしれんし、
久しぶりに会っていってーや」と私。

Iくんは、まもなく海ちゃんのところへ……。

それから5分後、さぞ、よろこんでおろう、と
海ちゃんを確かめに行くと、

涙目の海ちゃん。

7割がた食べていた食事も拒食状態。

Iくんが会いに来たことを問うと、
さらに泣きべそ顔。

そこで海ちゃんに本日のIくんの動きを説明。

「Iくんは海ちゃんが呼んでいることに当然、気づいていたけど、
自分が傍に行くと海ちゃんがひどく泣いてしまうので、それがつらくて、
海ちゃんが呼んでいることがわかっていても、ぐっとこらえて
傍に来ないんだよとー。(広島弁で「こないんだよ、だって(と言ってたよ)」の意)

これからも海ちゃんが泣いてしまうようであれば
Iくんは海ちゃんの傍にこれないんだよー」

考える海ちゃん。

「海ちゃん、泣かずにおれる?」

考える海ちゃん。

で、出した答えが
「Iくんには近くに来てもらいたいし、
自分が泣くことでIくんが困ってしまうこともわかる。
我慢はしてみるけど、やはり感激して出る涙を
私はきっと止めることはできないと思う。
けど、それを恐れず、療育園に来た時には
少しの時間でいいから、私のところに来て……」
とのことで、まとまりました。

Iくんは正しかった。

私に言われ、不本意ながら海ちゃんに会いに行ったら大泣きされて
悲しい気持ちで帰って行ったIくんに、あやまるとともに、

それでも、それでも、あなたに会いたいのよという海ちゃんの気持ちを

Iくんに、伝えに行こうと思います。