樽井康彦論文「知的障害者の脱施設化の論点に関する文献的研究」  後

前のエントリーからの続きです)


2.歴史・社会・政治的背景との関連

欧米では
社会防衛思想に基づいた隔離収容主義で大側施設が作られ施設化が進んだが、

日本では
「親なき後」対策としての入所施設整備という社会的要請によって
70年代以降に入所施設の基盤整備が始まったところで
ノーマライゼーション思想が入ってきたため、

アメリカのような途方もない大規模施設は最初から存在しえなかった」(田ケ谷)
「日本は脱施設化以前の施設化の過程も未熟なままに推移」した(塩見)
「この収容施設と地域福祉の質的な落差の大きさが経験されていない」(渡辺と大島)

すなわち、日本におけるノーマライゼーション
「理念的には希薄化されており、その用語の使用によって
日本の現状をはっきりと見ることが妨げられているようでもある」(渡辺と大島)

また脱施設化の過程にも、北欧とアメリカの違い、
それぞれの国の社会的文脈があるため、
「単純化した国際比較や、あるモデルを無批判に取り入れることには一定の限界」がある
と著者は指摘する。
 

3.脱施設化の効果の実証における困難

脱施設化施策の必要については多くの点で科学的の根拠が示されていない、という問題。

しかし、実証的な研究には「施設」も「グループホーム」も「変数」として定義が困難。
そもそも「ノーマル化された環境」という概念そのものが多元的で複雑(MacEarchron)。

重要と思われた指摘として、

施設は援助の質に影響を与える要因の一つであっても
施設という物理的環境によって全ての劣悪な生活状態がもたらされるという因果関係は
少なくとも十分実証されていない。

日本の先行研究では
地域移行後のQOLは施設入所字よりも改善していることが報告されているが、

そこには援助者自身の「予言の自己成就(self-fulfilling prophecy)や
もともとGHへ移行しやすい障害者は若く生活困難が少ないなど要因は複雑。

ここでの重要な指摘は
地域ケアにも「施設性」を持ちうるリスク。

現に、グループホームの調査でも、
そうした実態が指摘されているし、

河東田は、
入所施設の構造的問題とコンセプトを無意識のうちに地域に持ち込み、
施設的な伝統や考え方によるケアが行われることを「再施設化」と呼ぶ。

これは、グループホームに留まらず「自立生活」での支援にも言えることだし、

さらに言えば
「地域包括支援システム」整備が医療主導で行われる時のリスクと同じ。、
医療的ケアを必要とする子どもたちの「地域支援」にも同じことが言える。
病院の価値観や文化で医療が主役となって家庭生活を支配コントロールする「医療化」リスク。


ここで、この論文で最も重要と思う指摘2点。

①  「地域」「施設」という用語の使われ方について、
「実証的な区分よりも価値観を加味された『恣意的な二分法』」(Landersman-Dwyer)
「情緒的な」用語(Suzibos)

そうした用語の使われ方が
「個々の利用者への適切なサービスの提供という差し迫ったニードを不鮮明にしている」
(Landersman-Dwyer)

②  真の問題は、固有の障害者をめぐる個別の検討

Crisseyは、脱施設化の議論について、真の問題は、「施設対地域」ではなく、最も適切なケアが行われるのは何処なのか、ということであり、「最も適切な」とは個人のニード、またそれを決定する人により判断される」と述べているが、久田も「施設か小規模ホームかの二者択一的な選択を迫るのではなく、どちらが一人ひとりの知的障害者により豊かな生活を提供できるか」が重要であると、同じ趣旨の指摘をしている。

(中略)

……原点ともいえる認識を欠いてしまうと、脱施設化の議論は硬直した一面的なものになってしまうおそれがあるといえよう。
(P.162)


こうした二分法に代わる思考の枠組みとして提言されているのは、
「施設解体後の課題により注目」した課題設定。


Ⅳ.総合的考察

ここで興味深い指摘は、
ノーマライゼーションの「同化的側面」と「異化的側面」の矛盾性(堀)と
それに対する無自覚という問題。

ノーマライゼーション理念が「普通」で「当たり前」の生活を目指しつつ、
それら「普通」や「当たり前」という価値規範が障害者を排除して成立していること。

社会そのものが障害者に対して排他的である場合には、
ある時点では施設内部のほうが「シェルター」として機能しうるし、

社会サービス全般が本質的に「セーフティネット」としての消極的性格を有し、
施設は質の高いサービスを提供する責務を負いつつ、
究極的には施設事態を必要としない社会が理想である、という矛盾。


Ⅴ.まとめ

以上を踏まえ、わが国における今後の脱施設化の推進においては、……「施設対地域」という対立的な問題構成にとらわれないことが重要である。そして、援助の質に影響を与える多様な要因の関連を考慮しつつ、多角的で援助の実態を反映した議論の構成が求められることになろう。

……今後のわが国の脱施設化議論は、これまで論じてきたような多義性を意識しながら、性急さを避けて進めていく必要があるといえる。
(p.164)